桃太郎からの手紙!

1898195_963219830411708_784139669830991347_n

昨日の夕方、書留めが届いた。世界大会優勝のお祝いだった。手紙と写真が1枚入っていた。

新極真会のロゴ入りの黒Tシャツを着た若者が50名。その中に赤いジャージ姿の大男が2人。そしてもう一人!赤ジャージは同じ、人の好さそうなおじさん。髪は白く、眼鏡をかけている。若者達の中でひとり浮いている。しかし、このおじさんが輪の中心であることは一目瞭然!

2年前の第11回世界大会の時の写真だった。赤いジャージ姿の大男二人は、ALL JAPANユニフォームを着た日本選手団のコーチを務めた塚本支部長と塚越支部長である。黒いTシャツは陽孝が日本代表に選ばれて、その年の夏に作った道場の応援Tシャツだった。背中の文字(言葉)は自ら書いた。

閉会式の後だった。陽孝と日本選手団の応援に来てくれた彼らを塚本と塚越に紹介して、記念写真を撮った。日本選手団の大勝利もあったろう。全員が心から笑っている。歓喜に満ち溢れた最高の笑顔である。アスタナの7階級制覇の余韻も残るこの時期に、偶然にも無差別の世界大会の大勝利の写真が今日届いた。この夏、熱さも感動も興奮もまだまだ続いていた。

極真時代、まだ緑帯・茶帯の頃に少年部指導員をしていた時期があった。その時の少年部のひとりが成長し、今は青年実業家となってお父さんと会社の社員を連れて、陽孝や日本選手団の応援に駆け付けてくれたのである。道場Tシャツを全員が着て会場で大声援を送ってくれたのである。

自分が19歳、20歳の頃である。その少年部は何故か人懐っこかった。いつもそばにいた。何年生の時か?黄色帯だったかな?定かではないが、お父さんの転勤で広島に引っ越した。毎年必ず年賀状をくれた。年賀状のやり取りだけは続いた。転居後に初めて再会したのは、先代の師範が亡くなった時だった。自分が連絡したような気がする?その時はもう東京に戻っていたかな?家族でわざわざ告別式に来てくれた。涙、涙の再会だった。

大学を卒業して起業し、苦労に苦労を重ねて今やグループ会社を何社も経営する青年実業家となった。日本国内はもとより、東南アジアやアメリカなど、活躍の場を世界中に広げて出張出張の激務の毎日を送っている。その合間を縫って秋の大会に応援に来てくれるようになった。

この夏、我が千葉南支部の桃太郎達がその母達と共に夢の舞台で大暴れした。型団体「小学生以下」では、見事優勝を果たした。歴史に残る初代チャンピオンに輝いた。自分が35年前に教えた少年部こそ、初代桃太郎である。緑帯、茶帯時代の指導?・・・考えただけでもゾッとする(笑)。指導とか言える代物ではなく、多分一緒に遊んでいただけだったと思う。いつか思い出話を聞いたことがあった。

“奥村先輩との一番の思い出は、肩車をしてもらった事です!” やっぱり遊んでた。

この夏、愛弟子がカザフスタンで開催された世界大会で軽量級のチャンピオンになった。その陽孝のお父さんこそ、自分が入門時に指導してくれた黒帯の大先輩だったのである。偶然かもしれない。しかし、縁を感じずにはいられない。宿命すら感じる。運命は変えられる。だが宿命は変えられない。今思えば、自分とその少年部の出会いも、陽孝との出会いも宿命だったのかもしれない。空手との出会いそのものが一番の宿命だったのかもしれない。そう思えてならない。

一時期、結婚して子供が生まれて男の子だったら、その少年部の名前を付けようと本気で思っていた。実際に結婚して、神様にこの事を話したら了解してくれていた。しかし、しかし、人生はうまくいかなかった。我が家は幸か不幸か?3人ともお姫様だった(笑)。夢は叶わなかった(笑)!これは宿命ではなく、運命のいたずらだったのだろう(笑)。

空手を始めて36年が経った。まさか道場を持って師範になろうとは、驚きである。あの色帯時代に教えた少年部が導いてくれたのかもしれない。指導の喜びはあの時に知った。親子と同じである。親にとって、我が子の成長こそ!が一番の喜びだから。道場のお父さん、お母さん方、自分のために空手をやっているのではない。間違いなく子供のためにやっている(自分はそう思う)。今でも確かな記憶がある。(その時はもう黒帯だったが)千葉県武道館で行われた千葉県大会に出場した時、声援が一番多かったのは自分だった。少年部の指導員をしていたからである。今でも少年部達の大声援を忘れたことはない。脳裏にはっきりと焼き付いている。

『奥村先輩、頑張ってー!奥村先輩、頑張ってー!』

あの時の少年部達も間違いなく桃太郎である。初代桃太郎が大成長し、自分だけではなく、道場生や日本選手団さえ応援してくれている。奥村道場の桃太郎達を。

自分がかつて一緒に修行した道場の仲間も今奥村道場にたくさんいる。自分に空手のイロハを教えてくれた先輩の息子さんと世界の舞台で一緒に戦った。初代桃太郎が成長し、今桃太郎達の応援をしてくれている。人の恩や報いは、こうやって回りまわって還ってくるものだと心底実感する。自分が教えた少年部と陽孝との出会い、偶然ではなかった。宿命だったのかもしれない。塚本や塚越との出会いさえも。

本音言います。奥村師範と合わないと思っている人は、早く縁(宿命を)を断ち切った方がいいと思います(笑)。

皆さん、一番好きな乗り物は何ですか?・・・車ですか?飛行機?それとも未来の宇宙船。その初代桃太郎の少年は間違いなくこう言いますよ。

“世界で一番大好きな乗り物。それは肩車です!” “少年部の頃に道場の先輩にして貰った肩車です!”と(笑)

「大智、ありがとう!空手始めて36年が経ったよ。空手やって本当に良かったよ。第3希望だったけれど千葉に来て本当に良かったよ。大智に出会えたから。」

「大智が指導の喜びを教えてくれたんだよ。今桃太郎達と一緒に稽古している時が一番楽しいよ。」

世界大会の応援Tシャツの言葉!正にこれが今の心境である。

  “空手!この道より我を生かす道なし この道を歩く!!”

今日、陽孝から師範のお陰です!と御礼のメールが来たのでこう返信した。

“俺じゃないよ。お前が持ってる星だよ。お前の星の強さだよ!”

『・・・幼い頃から私に温かく激励をし、稽古をつけてくれ、社会人になった今も人としての温かさ、強さ、優しさを沢山与えて下さり、大激励を続けて下さる先輩が世界を舞台に大活躍され、人生をかけて多くの人材育成にも尽力して下さるお姿を私にしっかりと見せて下さる事に心から感謝しております。私自身も先輩に続き、世界の頂きを目指して挑戦していく決意を新たにさせて頂きました。・・・・』

「大智、ありがとう!本当にありがとう!!」(涙、涙)

  大智 そして千葉の桃太郎達よ 世界へ翔たけ!