15年前の戦い! 於.福岡

20915622_1098356396962845_8670710004795056554_n

8月20日、福岡県大会が出場者920名という史上空前の県大会レベルでは最大級の規模で開催された。日本代表選手やドリームチャンピオンを最も輩出している福岡支部の主催だけに、出場選手も豪華な顔ぶれで白熱した試合が何試合も展開された。自分が最も注目していた選手は?男子ではドリーム9連覇を達成した高校1年生の選手。女子では5月の全日本フルコンタクト大会で反則の減点で惜しくも3位に終わり、親子で悔し涙を飲んだ高校2年生の選手だった。ドリームで9連覇を達成した高1の男子選手は、準決勝戦で顔面殴打を受けドクターストップとなり、3位で終わった。その試合の相手は全日本W制大会の元中量級チャンピオンで、試合内容で完全に勝っていたが残念な形で終わってしまった。10月の全日本大会での活躍に期待したい。

5月は涙の3位に終わった高2の女子選手、決勝戦で第6回世界W制大会軽重量級で優勝した荒木千咲選手に負け準優勝だった。しかし、その堂々とした戦いぶりは将来性を十分に感じさせた。その女子選手の戦い様を見ていて、或る大会の事を思い出していた。

その大会とは。15年前、同じ福岡で、同じ会場の福岡国際センターで開催された『第1回福岡国際大会』のことである。第8回世界大会を翌2003年に控え、日本選手団が何としてでも“王座死守!”しなければとの使命から、緑代表が日本選手達に試練を与えるために一支部長として単独で福岡で国際大会を開催したのが、これである。緑代表の呼びかけに海外から強豪選手が多数参加した。筆頭は第7回世界大会準優勝のムザファー・バカック選手。そして第8回世界大会から今日まで世界の舞台で大活躍している若き日の有名選手達だった。ヴァレリー・ディミトロフ選手はまだ20歳だった。ローマン・ネステレンコ選手22歳。ブライアン・ヤコブセン選手23歳、まだ茶帯だった。この世界大会前哨戦となった第1回福岡国際大会を制したのが石原延岡山東支部長だったのである。勿論当時はまだ支部長ではなかった。主な日本の出場選手は(敬称略で)?群馬の佐藤、徳島の逢坂、高知の竹澤、北海道札幌の平山。第8回で3位入賞し第9回で優勝した塚越。そして地元福岡支部から渡辺大士と森健太の二人。この福岡国際の経験を生かし、翌年の第8回世界大会では皆勇敢に戦い、日本の勝利に大きく貢献した。石原支部長は出たけど、もうひとりの弟は出場しませんでした(笑)。

自分の出身地福岡での初の国際大会ということもあって?家族も福岡に行った。長女が3歳、二女がまだ1歳だった。この時、我が家のお姫様はまだ二人だけだった(笑)。大会翌日、博多駅に向かう途中にロッテリアに寄った(らしい)。そこで大会で優勝した石原支部長の家族と会った(らしい)。石原支部長の家族も応援に来ていた(らしい)。そして石原支部長の娘さん(長女)と我が家の二女が偶然にも同じ年だと分かり、ロッテリアで大いに盛り上がった(らしい)。この時の事を強化合宿か大会か?何かの時に石原支部長から聞いていた事を思い出したのである。

組織の分裂後に新体制で初めて開催する第8回世界大会で日本選手団が勝つために、緑代表が福岡国際大会を単独で開いた。その大会で見事優勝した支部長の娘さんが、15年後同じ会場で戦い見事準優勝に輝いた。この価値ある入賞は2年後の世界大会に間違いなく繋がっている。自分は第8回世界大会で日本選手団のコーチに就任した。その選手団の主力選手のひとりが石原支部長だった。そして今は現役を引退し、監督となった自分を支えるコーチとなった。縁を感じずにはいられない。15年前の家族の出会いに始まり、お互いの娘の年齢が同じだったこと、強化合宿や色々な大会などこれまでの接点。あの出会いも今思えば、運命だったのかもしれない。不思議な気がしてならない。

実はこの福岡国際大会で国際舞台に鮮烈なデビューをした男がもうひとりいる。それが奥村啓治。弟啓治(師範)だった。当時、福岡支部師範代として特別演武を行い、世界の支部長選手道場生達にその存在を示したのである。それから師である緑代表と共にオーストラリア、ブルガリア、スペイン等々遠征遠征の旅に出掛けて行ったのである。いづれ中国に赴くことになる海外野望の下地は、この頃から養われていったのである。

今年の福岡大会には、13年前に啓治が単身中国に渡り裸一貫で創った中国支部からも20名もの選手が出場した。しかも6名が入賞した。素晴らしい!いまだ病と闘う師と異国の地で戦った弟子達との感動の再会の場ともなった。15年前の出会いを彷彿させる意義深い大会ともなった。

この夏は日本選手団の大勝利に沸いた。我が愛弟子達も夢の舞台でその母達と共に大活躍した。35年前に指導した少年部の(初代)桃太郎からもお祝いが届いた。愛弟子達や初代桃太郎に祝福と御礼!感謝の気持ちで筆を執った。

 

我が家の娘と同じ年のその女子選手に表彰式のあと『書!』をプレゼントした。

日本選手団のコーチを務める父と二人で世界の舞台に立つ夢を必ずや叶えて欲しいとの願いから、こう書いた。

“世界へ翔たけ!”

そしてメッセージをこう続けた。

“お父さんと一緒に日本選手団で待ってるよ!親子の夢必ず自分で勝ち獲れ!!”

そう言えば、岡山東支部だから桃太郎の故郷だった。これも偶然かなあ(笑)!