世紀の祝賀会!

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先週の日曜日、道場に奥村(雅一)がやって来た。「優祝賀会」の打ち合わせのためである。ひょんなことから話が自分の拙い『書』に及んだ。書(色紙)と言えば、まだ全日本大会にも出場してない頃、運よく大山総裁から直筆のサイン色紙を頂いた。極真空手を志す者にとって、これ以上の宝物が他にあろうか。35年経った今、自分が開いた道場にある。大変失礼な言い方ではあるが、大山総裁とのこの縁(存在)があってこそ今の自分がある。

小学生の頃、実家の隣がお寺だった。そのお寺で週1回の書道塾が始まったので入った。2、3年位はやったかな?初めての習い事だったので最初は楽しかった。徒歩数秒だったので通うことも苦にならなかった(笑)。隣の行橋市で開かれた展覧会で入賞したこともあった。今でも作品を覚えている。当時身長以上の習字紙にブタ(太)筆で『海の幸』『山の幸』と啓治と双子だったので対で書いた。自分がどちらだったかは定かではない。山だったかな?海だったかな?

一番上の娘が小学生の頃、冬休みの宿題で書初めをしていた。勿論、広い道場で。それがきっかけで自分も書道をするようになった。それまでは色紙を黒マジックで書いていたが、筆で書くようになった。二番目と三番目の娘とも毎年書初めをした。お陰様で随分上達した?空手しか能がなく、趣味と言えるものは何もなかったが『書』にはまってしまった。それ以来、少年部のクリスマス会の景品が激変した(笑)。

日曜日、奥村が自分から書いて貰ったというメッセージを(写真)見せてくれた。2枚あった。何せ10年前の事、全く覚えていなかった。昔からこんな事してたんだなあと正直呆れた。1枚は全日本2回目の出場にあたり書いた言葉だった(らしい)。

『チャンスを逃すな 当たって砕けろ! 道は自分で開け』

2枚目は、奥村が総本部で弐段の昇段審査を受ける際に書いた言葉だった(らしい)。

『たった何十年の何日だけ 頑張れ!生涯の空手道を 奥村』

自分自身とて全日本大会や世界大会にも出場した。総本部道場で大山総裁の前で弐段に挑戦した。だからこその、今まさに同じ道を歩もうとしている愛弟子に渾身の思いで掛けた言葉であった。

どちらも間違いなく自分の字だった。2枚目にはちゃんと名前まで書いてあったから間違いない(笑)。自分のメッセージも虚しく全日本大会は1回戦敗退したが、昇段審査は見事合格した。弐段になった。実は、この時自分も受けたが落ちた。四段の挑戦だった。型で落ちた(内緒)。啓治は合格した。新潟支部長の古川師範が当時、泊りで出稽古に来て一緒に稽古して受けた。古川師範は合格して参段になった。自分が千葉で道場を開いて、一番最初に全日本大会に出場したのが、実は奥村だった。今は自分も五段となって参段までは(昇段)審査できるが、総本部道場まで行って昇段審査を受けた一番最初の道場生が奥村だった。今の千葉南支部の黒帯の中には、自分の極真現役時代に一緒に稽古した後輩達がいる。在籍時期は違うが、同じ道場から移籍してきた道場生も何人もいる。しかし、しかし移籍して来た時に白帯で来たのは奥村ただひとりだけである。まだ常設道場がなかった頃である。譬え昔の先輩が開いた道場であろうが、もう名前も流派も違う道場に入門するのである。白帯を締めて来たのはたったひとりだけだった。勿論、奥村道場に移籍する前に相談に来た時、黒帯を許可したのは自分ではあるが。帯研などでも感じるが、黒帯に組織の名前が入っている意味が本当に分かっている道場生が余りにも少ない。自分が出した黒帯ではないが、その空手歴は否定できないからである。まして、中には共に稽古をしてきた後輩もいいたから。それよりも何よりも一番大事な事、それは辞めてきた過去よりも今だと、これからの気持ちだと思ったからである。

“過去よりも今!今よりも未来!”なのである。

10月22日に陽孝の優勝祝賀会開催が決まった。一旦は別のホテルに決まっていたが、会場の広さなど諸事情により変更する必要があった。日曜日に開催場所が決まった。はっきり言えば、自分の素早い決断力と奥村の素早い行動力で決まった。緑代表、三好副代表も祝賀会のお伺いをしたら二人とも快く引き受けて下さった。全日本大会の翌週である。お二方とも世界中を駆け回っている方である。公私共にお忙しい所恐縮至極である。選手団コーチとして一緒に戦ってきた塚本支部長や塚越支部長も来てくれる。陽孝が出稽古でお世話になった谷川支部長も来てくれる。自分が初めて日本代表選手団の監督に就任したのが、2005年大坂で開催された第3回カラテワールドカップだった。その大会で、重量級で優勝したのが塚越支部長。軽量級で優勝したのが谷川支部長だった。陽孝の優勝は、12年振りの男子軽量級王座の奪還だったのである。軽量級だけではない。重量級も島本雄二が12年振りに奪還した。女子重量級は6回の歴史で初めての王座獲得だった。だから、だから日本選手団の今大会7階級制覇達成は歴史を知っている人から見ると、想像を絶する過酷な試練の中で勝ち獲った大偉業なのである!残念ながら中量級だけ、第1回大会で優勝の石原支部長以来の奪還は出来なかった、4年後の第7回大会のポーランドでは中量級も奪還する。優輝が必ずやってくれる。そしてその時こそ組織の、日本選手団の悲願の8階級制覇を成し遂げたい!

今まで数々の優勝祝賀会に自分自身も支部長として、また日本選手団の監督として出席してきた。だが今度ばかりは訳が違う。組織ではない、千葉南支部の主催である。自分が主催者である(笑)。新極真会だけではない。世界のフルコンタクト空手界の頂点に立つ(でだろう)緑代表が出席される。その緑代表をそばで一番支える副代表で日本選手団を率いている日本代表総監督の三好副代表も出席される。世界チャンピオンの3名も出席する。空手人生36年で初めての事である。陽孝に二連覇して欲しいが、もう二度とないであろう。試合は7月に終わったが、まだ戦いは終わっていない。10月22日の優勝祝賀会、道場生の皆さんにとっても人生最高の舞台の一つになるに違いない。限られた日にちではあるが、心して準備に取り組みたい。万全を期して臨みたい。

“戦(いくさ)は支度で決まる!”

自分が白帯の頃、空手のイロハヲ教えてクれた黒帯の先輩の息子さんが縁あって自分の道場に入門した。日の丸を背負い世界の舞台で堂々と戦った。想像を絶する厳しい戦いの末に長年の親子の夢を、そして師弟の夢を自らの手で叶えた。組織や家族の存在なしに、陽孝ひとりだけの力では成し遂げられなかった。そして一番の力になってくれたのが同じ道場の仲間達の存在だった。

『この優勝の喜びを是非祝賀会に出席して分かちあって下さい。陽孝と家族の皆さんにお祝いと労いの言葉を会場で掛けてやって下さい。空手人生でお互いもう二度とない舞台に一緒に立ち、これからの空手修行の糧にして下さい。皆様の祝賀会出席を心からお願い申し上げます。』

空手人生36年!人生55年!自分はこう思う。自然に繋がる縁もあろう。目に見えないような絆で繋がっている縁を感じる時もある。宿命か?運命か?どうしようもない縁もある。しかし、自らの力で築いて行けるのも縁である。

同じ日曜日、(初代)桃太郎から電話が来た。祝賀会の招待の電話をしたが留守多忙でずっと繋がらなかったが、折り返しの電話だった。世界一の祝賀会、空手人生最高の舞台の招待をしたら。桃太郎もまた人生最高の舞台に立つ話を逆にされた。近々道場に挨拶に来たいと言う。偶然と縁にお互い驚いた。お互いが同時に最高の舞台を贈るなんて・・・暫くの間大笑いして盛り上がった。何処までこの桃太郎とは固い縁で結ばれているのだろうと、感動の一日となった。

“大智、優勝祝賀会は生涯の伴侶となる方と一緒に来てくれよ。会うの楽しみにしてるから。心からおめでとう!”

縁を感じる一日となった。以前、緑代表が語っていた言葉を思い出さずにはいられなかった。

『小才は縁に出会って縁に気付かず!

    中才は縁に出会って縁を生かさず!

        大才は袖振る縁をも生かす!』 

自分は縁あって空手の師範になった。世界何十億の人口がいる中で、世界の新極真会の仲間と出会った。縁あって千葉で道場を持ち、多くの道場生達に巡り合えた。これからもこの空手の縁を大切にして生きて行きたい。