盟友!

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二人の兄弟の人生を決定づけた実家の座敷にあった額縁。

“この道より我を生かす道なし この道を歩く!”

啓治が結婚した時、家の改装をして無くなってしまった。支部長になって『道!』を意識するまでは無くなったことを知らなかった。帰省しても飾っていない事すら全く気が付かなかった。所詮そんなものである(笑)。しかし、いつの頃からか、やはり座敷に畳一畳位の大きさの「書」が飾られていることに気付いた。

『政治馬カ一代!・・・武田良太』と書かれてあった。

地元の選挙区から出ている衆議員の先生である。武田先生の叔父さんは自民党幹事長などを務めた党内や地元でも力のある政治家だった。その叔父さんが亡くなった後、武田先生が地盤を引き継いだ。啓治と武田先生が知り合ったのはお互いが20代の頃であろうか。衆議院選挙に初めて立候補した時、共通の知人から啓治が選挙応援を頼まれたのが最初だった。地盤を引き継いだとはいえ、天下の国政を担う国会議員の選挙である。戦いはそんなに甘いものではない。自分の知る限りでは3回落選したと思う。“良ちゃん!啓ちゃん!”と呼び合う仲。義兄弟の契りを結び、どんな苦境に立った時も啓治は応援し続けた。4回目の挑戦で初当選してからは、揺るぎない確固たる地盤を築いた。これまでにも防衛副大臣、幹事長補佐など要職を歴任している。今は福岡大会の大会会長、全日本大会の顧問を務めている。新極真会の重鎮である。

自分の母は武田先生が経営するゴルフ場で暫く働いていた。母のことを「かあちゃん!かあちゃん!」と呼んで慕い、面倒をみてくれていた。啓治が中国へ渡っている時、自分も千葉に住んで地元にはいない。福岡大会で二人が揃って帰った時など、武田先生は緑代表にこう嘆いていた。

“この兄弟二人はちっとも地元におらんで、かあちゃんを俺に丸投げやあ!”

緑代表と武田先生、そして奥村兄弟、4人の間で一時期「丸投げ!」が流行語となった。要は、実の息子二人は家に居ないでちっとも面倒みない。他人の俺(武田先生)が面倒みてるというのである。全くその通りだった(笑)。啓治が4年前病に倒れた時にも大変お世話になった。日本で有数の温泉地大分県の由布院に温泉を使ったリハビリ治療で有名な施設があると聞き、申し込んだら何カ月も先になると言われたらしい。武田先生に頼んだら、地元の先生を通じて直ぐに入れた(秘)。。

空手と政治で違う道を歩む二人であったが、高い志を持つ者同士が惹かれ合った。深い絆が出来た。まさしく盟友と呼ぶに相応しい二人である。10月22日は陽孝の優勝祝賀会の日。そんな日に衆議院選挙が行われることとなった。いまだ右半身不随で歩行も会話も満足に出来ない身体ではあるが、啓治は盟友武田良太先生の応援に毎日駆け付けている。それは20代に知り合った頃と全く変わらない。

盟友!!三好副代表がよく使っている言葉でもある。日本選手団とユースジャパンで10数年にも及び二人で歩んで来た。二人三脚で選手団を率いて来た。大先輩の三好副代表がそんな自分のことを盟友奥村と呼んで下さるのである。恐縮至極である。昨日、三好副代表が地元高知で選挙応援に行っていたブログを見た。「政党ではなく、人柄で応援しています。」との言葉に感動した。自分も「同感です。大事な日に祝賀会が重なり申し訳ないです。」とFBでメールを送ったら、こんなメールが返ってきた。

『22日は、盟友奥村監督の愛弟子岡崎君のの祝勝会、喜んで参加するよ!!』

大先輩の心に沁みる言葉に心で泣けた。こんな嬉しいことはない。10数年命を懸けて一緒に戦ってきて良かったなあとつくづく思った。道場生達と準備に準備を重ねてきた優勝祝賀会。いよいよ来週末に迫っている。まだまだ準備は完了していない。出席してくれる方を真心で迎えたい。だから最後の最後まで、万全を期して臨みたい。

いよいよ世紀の瞬間が訪れる。その瞬間を皆で大歓喜で迎えたいものである。日本の国政の舵取りを決める大決戦の日、その同じに世界の舞台で二人三脚で戦ってきた鬼(総監督)と仏(監督)が初めて千葉の地で並び立つ。

千葉で鬼と仏が揃うことはもう二度とないですよ。

“武田良太先生の大勝利を信じて止まない。啓治、良ちゃんのこと頼んだぞ!”

その前に、愛弟子4人が挑む大決戦が明日から行われる。愛弟子の戦いをしっかり見守りたい。そして、次の日本代表選手団になるであろう選手達の熱き戦いをしっかり見届けたい。

今から、盟友の待つ東京体育館に行って来ます。

あなたの清き一票をお願いします(笑)!