男の約束!

不死鳥

平昌五輪が日本選手団の冬季五輪史上最高の成績で幕を閉じた。日の丸戦士達の活躍に競技の垣根を越えて感動感動の連続だった。あるJOC関係者がこの日本選手団の快進撃の要因は何ですか?との質問にこう答えていた。

『それは選手強化に他ありません。』と。

確かにその通りである。当たり前と言えば当たり前の事である。選手強化をしない国はないだろうし。ましてやオリンピックは最高峰の舞台である。金メダルを目指し、厳しい練習をしない選手はいないだろうし。それが結果に結び付かない所が勝負の世界の厳しさ所以である。そこで最高の結果を出したのだから凄い。五輪精神は、参加することに意義がある。確かに。しかし、結果を出してこそ!苦労も報われる。支えてくれた方々への恩返しともなる。

我が組織新極真会の歴史も同様である。日本代表選手団の“王座死守!”の歴史も選手強化、強化の歴史でもあった。選手団の結成から、強化合宿。大会での常勝の使命と。今では強化合宿は日本選手団以外にもユースジャパンやU-15からU-19、U-22まである。組織が将来の日本代表を見据えて小学生、中学生を鍛える凄い時代となった。昨夏、日本選手団はアスタナで7階級制覇を成し遂げた。その原動力となったのがユースジャパンだった。あの「選手強化に他ありません!」との一見単純な言葉であるが、自分も多少なりとも組織で選手強化に携わっているからこそ、その言葉の重みが分かるのである。

例のインタビューを聞いた時、16年前の夏の強化合宿を思い出していた。自分にとっても組織にとっても原点ともいうべき選手強化の歴史が過去にあった。多分今の若い選手達でさえ知らない強化合宿を思い出さずにはいられなかった。新極真会という名前すらなかった。第8回世界大会の1年前の夏の事である。その年の夏、組織分裂後に総本部の夏合宿が茨城県の阿字ヶ浦海岸で初めて開催された。その総本部夏合宿に併せて、1年後の第8回世界大会を見据えて全国から強化選手を集めて、新体制で初めての強化合宿が開催されたのである。

第7回世界大会の後も組織の分裂や代表理事の交代劇などが延々と続き、組織は不安定で最悪な状況だった。そういう中で緑代表が支部長達に乞われて代表理事に就いたのである。今思えば、もう緑代表しか代表理事の職を任せられる支部長はいなかった。日本の代表は、世界の長でもある。自然の流れであった。ちなみに、自分は緑代表が代表理事に就いた時に、道場責任者として組織に復帰した。39歳の時でまだサラリーマンだった。

緑代表が代表理事になった時の最大の急務は、組織の立て直しと第8回世界大会の開催だった。組織の分裂で開催すら危ぶまれた時期でもあった。開催しても日本が優勝しなくては意味がない。もっとはっきり言えば、世界の組織をまとめるためにも日本選手団の優勝は絶対成し遂げなければならい責務だった。弱い日本(の組織)では動乱の中、世界をリードできなかったであろう。

そういう状況の中で組織が最初に手を打ったこと、それが「選手強化委員会」の創設だったのである。選手強化委員長に三好副代表が、副委員長に自分が任命された。状況も内容も全く分からないまま緑代表から直接要請があり返事を一瞬ためらった時、言われた言葉。

『奥村さん、押忍ですよ!』

優しい口調でたったひと言。

『押忍!!』

このたったひと言で決まった(笑)。空手界最大最強の組織に向かって、その一歩を踏み出したのである。この時から三好副代表との二人三脚の怒涛の選手強化の道が始まった。赤鬼さんコンビが仲良く歩き出した(笑)。

組織の命運が掛かかった第8回世界大会。代表選手は決まっていなかったが有力候補選手を募っての最初の強化合宿であった。今の様々な強化合宿の先駆けがこの強化合宿だった。今世界の舞台で一緒に戦っている選手団のコーチである塚本や石原、新保達は皆現役の選手だった。その阿字ヶ浦海岸で行われた強化合宿で特別コーチとして招聘されたのが、当時はJリーグのチームでコーチをしていた友だった。緑代表との友情で実現した。神戸から車で半日かけて来てくれた。地元の小学校の校庭で厳しい強化稽古が夏の炎天下の中で行われた。実はそういう経緯もあり、後年に千葉南支部の夏合宿に友に特別ゲストで来て貰った時、初日の稽古はサッカーのフィジカルトレーニングをして頂いたのである。

今だから話せる合宿の苦い?エピソードがある。

友はわざわざ車で半日かけて駆け付けてくれた。にもかかわらず強化選手達は前の晩の決起会で皆二日酔い。吐きながら走る選手もいた。友から自分はこう言われた。

『プロの世界では考えられないです。合宿で酒を飲んで、大事な稽古に臨むなんて。プロは負けたら首!終わりですから。』

責任者のひとりとして恥ずかしかった。何より外部の人である友に失礼だった。自分は飲ませた方だから。反省しきりだった。多分、二人のこのやり取りを知っている人は誰もいない。稽古が終わって帰り際にこう言われた。

『どんな状況でもやり遂げる極真会の選手達はさすがです。それに結果も必ず残しますし。凄いですね。』と。友はその夜の打ち上げも出ずに帰って行った。友のプロ根性と勝負に臨む心構えを学ばせて貰った。それから数年後、二人とも今度は「監督」という立場になって再会した。

第8回世界大会は、後に外国人選手で最強で人気№1の選手に成長するヴァレリー選手が初出場で4位入賞したが、日本選手団は3位まで独占し圧倒的強さで大勝利した。

第8回世界大会の年に、直前の7月に組織名を新極真会に刷新した。世界大会の戦いそのものに、実は組織の命運が掛かっていたのである。組織名称を変えて臨んだあの世界大会は、そういう意味があった。緑代表と長淵剛さんの友情で会歌『新極真会の歌♪』が生まれた。日本選手団の優勝に加え、あの新極真会の歌が、組織が心ひとつにまとまる後押しをしてくれた。そして、まだ名前こそ変わっていなかったが、緑代表と友の友情で我が組織に脈々と続く選手強化の歴史が始まったのである。新極真会の原点は第8回世界大会にある。そして、そこには志を同じくする支部長・道場生、組織を支えてくれる多くの仲間達がいた。友情があった。絆があった。それは今でも変わらない。

 “変わらぬ絆に感謝!神謝!”

日本選手団の戦いの時、友はいつも応援してくれた。友はいつもそばにいた。共に戦ってくれた。第10回世界大会の時、友の尽力で日本代表選手団のユニフォームがスポーツ用品メーカーのミズノ様から物品協賛された。友と二人であの赤いジャージとジャンバーを決めた。自分が合宿で使うALL JAPANのバッグはその時のものである。今も日本代表ユニフォームの赤い伝統は引き継いでいる。多分、この事を知っている人は組織でもあまりいない。

その第10回世界大会の年の夏、緑代表を介して友より監督を務める国際武道大学で『講演とセミナー』を頼まれた。将来あるサッカー部員達に武道の厳しさと極真魂を叩き込んで欲しいと頼まれたのである。高卒の自分が大学で講演した(笑)。部員100人と汗を流した。稽古後のあのバーベキューは懐かしい夏の思い出である。友から「来たる世界大会には部員全員で会場に応援に行きますから。日本選手団の優勝を信じてますから。』と力強い励ましの言葉を頂いた。友は約束通り部員達と応援に来てくれた。

第10回世界大会で、日本選手団は初めて男女W優勝の偉業を成し遂げた。

応援に来てくれた友と部員達に心から御礼を述べた。そして、こう言った。

『皆さんと過ごした勝浦のあの夏の日の思い出は一生忘れません。またいつの日か国際武道大学に行きますから。また一緒に稽古しましょう。』

翌年の夏、友から再び「講演とセミナー」を頼まれた。日本代表選手の一人として戦った愛弟子の河鰭を連れて行った。偶然にも1年前の訪問の時と同じ日、8月の10日だった。同じ日に自分も約束を果たすことが出来た。

“8月10日は男と男の約束の日!である。”

やはり緑代表が代表理事になった頃の話である。自分が責任者になる直前の頃である。緑代表の奄美時代の同級生や東京の仲間達が10人位集まった。今は塚本道場生でもある石川和正君や奄美の大親友の倉本君などがいた。二人は昨年10月の陽孝の優勝祝賀会にも来てくれた。当時、湯島にあった石川君の店「風神雷神」で緑代表を支えて行こうという血気盛んな若者達が集まったのである(笑)。空手関係は自分と弟啓治(師範)だけだった。自分と啓治は、学年が上だったが同じ37年生まれの仲間同士で兄弟分の契りを結んだ。皆で緑代表を支えて頑張って行こうと男の約束を交わした。

『人の喜ぶ顔を見て、喜べる人の集まりにしよう!』と、会の名前を“37年緑風会”と名付けた。そんな中に同じ昭和37年生まれの友もいたのである。

今、友が病魔と必死で闘っている。史上最強の敵と闘っている。新年の総本部鏡開き稽古会の日、護国寺に行く前に友のお見舞いに行った。弟啓治(師範)から預かった「龍翔鳳舞の掛け軸」を持って。

『元気になったら一緒に福岡の闘魂神社に行きますよ!啓治も闘ってますから。自分も一緒に闘ってますから。必ず勝って下さい。約束ですよ。』

友から大型タイマーが贈られた時、御礼のメールをした。

『元気になったら一緒に勝浦の朝陽を見に行きますよ。約束ですよ!是非、道場にも来て下さい。』

“男と男の約束ですよ!”

そして拙い書ではあったが、友が大好きな大山総裁の言葉を心魂込めて書いて送った。数日後、友から返信が来た。心から喜んでくれた。毎日見てパワーを貰っていると書いてあった。嬉しかった(涙、涙、涙!)

我が友は強い。必ず勝つ。幾多の試練を乗り越えてきた百戦錬磨の闘将だから。

 “男と男の約束!”

必ず果たす男だから。

友と共に闘う!

“兄弟、早く元気にならんと。皆、待ってるよ!”