戦場と心得よ!

死力達成旗の前

見れば見るほど険しい山である。

道によっては最初から関門がある。だからと言って、隣を見ても同じ。反対側(のブロック)を見ても同じ。結局力がなければ、どの道から登っても登り切ることは難しい。

無責任に責任転換するつもりなど毛頭ないが、自分が出来ることと言えば舞台に上げてやることくらいである。その先は、登っていけるかどうか?本人の力以外にない。本人の努力以外にない。その舞台に上がるにしても並大抵の努力でないと上がれないが。舞台に上がったら戦うのは自分ひとりである。

自分がよく使う言葉がある。

『夢の舞台!』『世界の舞台!』

そして、こうも言う。

“親子で夢を叶えて下さい。夢の舞台目指して・・・・!”と。

山を見れば見るほど、「夢の舞台」などと綺麗なものではない。ズバリ言えば、そこは戦場である。日本一!世界一を掛けて武士(もののふ)達が戦(いくさ)をする戦場なのである。戦場での戦である!

“覚悟と支度の出来てないものは負ける。”

組織とて同じ。組織がどんなに準備をしても、舞台を作っても戦うのは選手である。そのチャンスを生かすも殺すも選手である。大会前の強化合宿、もう既にそこで差が付いている。それが覚悟(心構え)であり、準備である。時には、結果を求められる。結果こそ全ての時、全ての場合もある。チャンスを与えられて結果で返さなければ、次はない。

今回のU-22強化合宿は大改革をした。大改革?と言うよりは、自分自身今までとは違う覚悟を持って臨んだ。無論コーチ陣も一緒に。初めてとなる国際フルコンタクト大会の険しい山を登るために。三好総監督と二人三脚で日本代表選手団を率いて13年になる。日本代表選手として戦った世界戦士達にALLJAPANのワッペンを初めて強化合宿で付けさせなかった。象徴である赤の日本代表ユニフォームを着させなかった。アスタナで7階級制覇の大偉業を達成した世界チャンピオンにさえもそれを課した。

「建武が青のadidasのジャーシを着ていた。南原がピンクのジャーシを着ていた。」

ユース合宿では400人がお揃いの赤Tシャツで夕食を取る姿は圧巻である。そんな光景に慣れているだけに、赤以外は似合わないなあと思った(内緒)。Uー22合宿の結団式の前、アスタナで一緒に戦った選手達を部屋に呼んだ。件のワッペンとユニフォームの真意を話した。

『アスタナでは7階級制覇を成し遂げたが、直前の5月大阪では屈辱の全階級完敗だった。君達の手で今年大阪で全階級制覇を成し遂げよと。これは通過点である。来年の世界大会でユースジャパン戦士の君達が男女W優勝を成し遂げよと。そして3年後ポーランドで、アスタナで成し得なかった全階級制覇を成し遂げよと。』

U-22強化合宿の一週間後、中国上海遠征に初めて道場生を帯同した。陽孝と欣大を連れて行った。軽量級世界チャンピオンと型の全日本チャンピオンのセミナーは大好評だった。

“チャオリーハイ(超凄い)! チャオシュワイ(’超かっこいい)!”の連続だった。自分は一度も言われたことなどなかった(悲)。セミナーとは名ばかり。日本で考えられてるほど甘いものではない。四つの他流派団体が参加した。中国フルコンタクト界で最強と謳われているチャンピオンもいた。ただ単に参加していた訳ではない。世界チャンピオンの実力を見に来たのである。(日本の)新極真会を見に来たのである。もっと言えば、移籍しようかどうしようか?新極真会中国支部長(代理)の姿を見に来たのである。

日本から来た56歳の老いぼれ爺さんの実力を確かめに来たのである(笑)。

56歳の老いぼれ師範が組手をする訳がない。しかし、セミナー会場に入ってからの全てが自分の戦いだった。空手の指導は当たり前。対応から挨拶、言動、立居振る舞い全てが勝負だったのである。でも日本と変わらない。千葉と変わらない。加曾利町の56歳のお爺さんが急に変われる訳がないのである(笑)。

陽孝と欣大の全力の組手や型、模範演武、技術指導等に参加者も大満足だった。そして、セミナーの最後で二人と自由組手をしたいものを募った。全力の組手である。敢えて全中国大会など全日本大会に匹敵する大会レベルの選手に限る旨申し渡した。最初は誰も手を挙げなかった。いつもは元気のいい中国支部の若手も下を向いていた。他人の昇段審査の時には全力で汚い位に向かって行く若い責任者達も誰ひとり手を挙げなかった。暫くして例の他流派のチャンピオンが黙ってサポーターを付け出した。孫師範代からは数々の実績を事前に聞いていた。35歳という年齢も。彼はやはり強かった。一緒に参加したやはり中国最強の女子選手も強かった。組手の強さ以上に自由組手に参加したこと自体に別の強さを感じた。50名いて、新極真会中国支部から参加したのは5月大阪の大会に出場する黒帯ただひとりだけだった。

その最後の自由組手の前に二人の愛弟子に言った言葉が、今回のトーナメントの山を見て思った事と同じだったのである。サポーターの準備をする陽孝と欣大にたったひと事だけ言った。

『ここは戦場だぞ!』 ・・・日本語で分からないようにそっと(笑)。

勿論考えて言った言葉でない。狭いセミナー会場、参加者もいる。ただ最後に自由組手の指示をし、愛弟子に課した突然の試練の前に自然に足が向き自然にあの言葉が出た。それはアスタナの時のように。男子軽量級決勝戦、苦しい戦いが続く陽孝に対して。最終延長戦に向かう時、思わず出た言葉と同じ状況だった。

“命を掛けろ!!”

第8回世界大会でコーチになり、第3回ワールドカップで代表監督になった。それから十数年日本選手団を率いて何度も厳しい戦いのセコンドに付いたが、初めて口にする言葉だった。

もし、世界チャンピオンの陽孝が負けていたらどうなっていたか?欣大が無様な組手や型をしていたら・・・。大袈裟に言えば、新極真会中国支部のこれ以上の発展はなかろう。強い他の団体に移籍していく道場生もいよう。それが中国(事情)である。それが(よその国で)戦うという事である。黒帯を締めるといことである。日本から黒帯を締めて海外へ行くというのはそういう事である(と自分は思う)。そういう状況の中で陽孝も欣大もよく頑張った。厳しい試練を乗り越えた。戦(いくさ)に勝った。

遠征最後の夜、セミナーに参加したその二人の先生(チャンピオン)と会食をした。セミナーに参加してくれれた事、若い二人の弟子に胸を貸してくれた事など御礼を述べた。この出会いを大切にしませんかと。中国新極真会を創った啓治師範の話もした。

“出会いは奇跡を起こす!”

(新極真会で)道場生達に世界の舞台を見せてあげて下さい。大きな夢を与えてあげて下さいと。何度も何度も固い握手をを交わした。あのセミナー会場や会食の時、年齢も段位も上だからと、組織の傘で自分が横柄な態度を取っていたら彼らの移籍はなかったに違いない。陽孝が負けていても移籍はなかったに違いない。自分にそういう振る舞いをさせたもの。陽孝や欣大が何故強かったか?それが大山総裁の作られた極真空手の強さと極真精神だったのである。

頭は低く目は高く 口謹んで心広く 孝を原点として 他を益する

昨日、記念すべき第1回国際フルコンタクト大会のトーナメント表が発表になった。

見れば見るほど険しい山である。男子重量級はもう世界大会の様相である。どこの階級も1回戦から厳しい戦いが始まる。当たり前である。そういう大会なのだから。

夢の舞台!そんな甘いものではない。勝つか負けるか?

武士(もののふ)が命を懸けて戦(いくさ)をする場所!それが戦場である。

戦は支度で決まる!