戦わずして・・・!

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お母さん女子部のグリーンフラワーズが緑帯を卒業して皆茶帯になった。今年のドリームフェスティバルはブラウン・エンジェルスが大暴れする(笑)。逆に、桃太郎クラスは茶帯の先輩が卒業し、黄色帯が主流になった。或るお父さんが言った。

“イエローモンキーですね!”

しかし、当の桃太郎達本人はネーミングを気に入らない様子だった。黄色い猿では仕方ないか!

自分にも白帯時代があった。もちろん黄色帯時代があった。19歳、師範もイエローモンキーで頑張っていたから!

19歳で入門した。4月1日に夜行列車で江戸に来た。正確には船橋市行田の研修寮だった。6月に研修を終え、西千葉の独身寮に移った。入門は7月4日だった。9月の昇級審査会で青帯になった。当時はオレンジ色帯はなかった。その年の11月全日本大会を生れて初めて会場で見た。道場の先輩が、その大会の優勝者と激闘を演じ4位に入賞した。あの感動と衝撃は今でも忘れられない。青帯の時に、自分もいつの日か全日本の舞台に立ちたい!と心に固く誓った。

12月は忘年会のシーズンである。当時の職場は毎月の給料の中から積み立てをして、転勤前の6月頃に慰安旅行か12月に忘年会の旅行をする慣習があった。自分が最初に配属になった係は5人しかいなかった。新人が旅行の幹事をする習慣もあった。12月の昇級審査会の日が、係の旅行の日にあたってしまった。皆が楽しみにしている係の忘年会旅行。しかも、自分は新人で幹事である。どうしても昇級審査は受けたかった。春の審査でも良かったろうに。当時は毎日と言ったら大袈裟であるが、次から次と入門者がいる時代だった。比例して、次から次にやめていく時代でもあった。後輩ができたと思ったら 、暫く経ったらもう顔を見なくなった。白帯は組手がなかった。させて貰えなかった。組手をしたらすぐやめるから(笑)。でも多くの白帯は組手をする前にやめていった。色帯はもっとやめて行った。自分はどんどん帯を上げたい気持ちがあったので、春まで待てなかった。

黄色帯の昇級審査会の日、旅行先の熱海から早朝のタクシーと電車を乗り継いで千葉に帰った。そこまでして取った黄色帯である。たった3か月しか締めることはなかったが、血と?汗が染み込んだ黄色帯だった。だからイエローモンキーの桃太郎達には黄色帯をとことん愛して欲しい。青帯とて同じである。翌年2月に取った緑帯は地獄だった(笑)。師範の特別の許しで、「全日本選手クラスの朝練」に参加するよいうになった。他支部の黒帯の先輩に毎週日曜日可愛がって貰った。

憧れの全日本大会を会場で初めて見た。あの青帯時代の決意があったから今がある。旅行を中座してまで受けた黄色帯時代があったから今がある。辛かったが、全日本選手の力をまざまざと思い知らされた緑帯時代があったからこそ、今の自分がある。茶帯時代、普通の黒帯に負けない位の経験をさせて貰った。念願の全日本の舞台に立つことが出来た。

道場には鬼より怖い師範がいた。自分が思い切りぶつかって行っても敵わない全日本入賞選手の白石先輩がいた。当時は大会が少なかった。しかし、道場の組手は真剣勝負だった。サポーターなどなく、正直決闘に近かった。

念願の全日本の舞台に立った時、知らない間に戦いの準備が出来ていたのかもしれない。特に緑帯時代から茶帯初期の頃を振り返るとそう思う。

“戦(いくさ)は支度で決まる!”

今思えば、道場稽古(組手)が実戦だった。戦いの前の準備、それこそが道場稽古なのである。大会当日にはもう大体分かっている。今は大会も多く、実績データがたくさんあるから組み合わせで大体の勝ち上がりが分かる。組み合わせと実績で大体見える。半分位は戦わずして決まっているのかもしれない。後は稽古でどれだけひっくり返すか。稽古で力を付けて登り切るか。力が及ばない運もあろう。しかし、運でさえ努力していない人の所には来ない。

自分はこう思う。大会会場の全ての経験で変われる人が強くなって行く人である。運さえも味方に付けれる人が上に昇って行ける人である。勝ち負けは関係なく、たった数分の試合でさえも力を付けれる人が強くなって行ける。だから、大会後の稽古で変わってない人は・・・・?(内緒)。

木刀ではない。真剣勝負の場で強くなる人は、強い!

今年のドリームフェスティバルは史上最多の2,600名を超えるフルコンタクト空手界最大の大会となる。千葉南支部からも、過去最多の48名が出場する。要はジュニア、シニア、型の全日本の舞台に48名が上がる。申込みは個人がスマフォでする凄い時代になった。これも組織が目指す最強最大たる所以のひとつである。48名の内、27名が申込みデータに誤りがあった。戦う前の段階である。たかが申込みと思うのか!されど申し込み・・・小さい事ではあるが、戦う前に負けてはいないだろうか?ひとつの間違いで大事な大学や高校入試を落とすことさえある。ひとつの間違いで希望する職に就けないことだってある。申込みも試合と同じである。こつこつと小さな山から登って行くようにひとつひとつ経験して行って欲しいものである。

 戦わずして負けてはいけない!

舞台に上がることだけを目指すと見えなくなっていくものがある。舞台に上がると見えていないものがある。どんな舞台も、その舞台を支える多くの人の存在を忘れてはならない。その舞台に立てることの感謝の気持ちを忘れてはならない。家族や仲間の応援どころか、試合さえ見れないスタッフがいることを忘れてはならない。

同じく勝つことだけを目指すと忘れてしまうものがある。道場の教え!大会会場で、実戦で出来なければ何もならない。たとえ試合に負けても勝負で負けてはいけない!

大会会場は全て実戦の場である。真剣勝負の場である!

2,600名の大会。1回戦が終わったら、悲しいかな1,300名が負ける。

48名の選手の戦いの行方をしっかり見届けたい。

空手に巡り会えて良かった。大山総裁のお陰である。

同じ時代を一緒に戦えて本当に良かった。

感謝!感謝!神謝!

指定席は完売したそうである。あの舞台に立った時、選手達は何を思う?

いよいよ大阪決戦の日まであと9日!