日中友好 虹の懸け橋!

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昨日の夕方、カーラジオで前日の8月12日が何の日だったか知って驚いた。何とその日は、日本と中華人民共和国が40年前に北京で『日中友好平和条約』を締結した日だった。両国のそんな記念すべき日に、中国支部の道場生が千葉の道場を訪れていたのである。しかも中国の首都である北京道場生が。偶然とは言え本当に驚いた。啓治がきっと導いてくれたに違いない。だから尚更、11日と12日の出稽古が意義ある事だったんだなあと、我ながらにあらためて痛感した次第である。

 出合いは奇跡を起こす!

啓治の言葉である。まさに奇跡としか言いようがない(驚)。

偶然はまだまだあった。

北京道場責任者の金先生と一緒に来た少年部は7名だった。千葉の桃太郎クラスのメンバーの人数と同じだった(笑)。同じ7名だったので、桃太郎達に手紙とプレゼントを用意するようお願いした。そうしたら、北京の少年部もプレゼントを用意していた。自分と金先生の思いが同じだったことが嬉しかった。勿論、金先生が桃太郎クラスのメンバーが7名だなんて知る訳もない。桃太郎の存在すらも知る由もないのだから。

啓治が命を懸けて創った中国支部。北京道場生達は啓治が倒れた後に移籍して来た。啓治とはまだ2回しか会ってない。新極真会に移籍してまだ3年である。しかし、金先生と少年部達には新極真魂があった。二日間の稽古でそれを感じた。気合いは予想通りであった。日本で老いぼれではあるが奥村師範と稽古することが当たり前の千葉の道場生達とは違った。それはひと言で表すならば、“求道心!”が遥かに違った。技云々ではなく、魂である。気合いで感じた。返事で感じた。

孫師範代を介して金先生は100名以上の道場生達と共に新極真会中国支部に入門した。今年の3月の時のように、金先生とも移籍の前は会食をした。大いに新極真を語った。“北京から世界へ翔たけ!”と口説いた(笑)。入門すると直ぐに日本に来た。昨年の福岡大会に選手を出場させた。首都北京で初めて新極真会の大会が開催された。金先生が主催した。大会会場に掲げられた『北京奥村道場の旗』を見た時、心で泣いた。その行動力と情熱は自分も見習わなければいけない。今回の10日間の日本遠征、小学1年生の青帯から5年生の茶帯まで7名の少年部をひとりで連れて来た。自分が千葉の桃太郎7名を中国にひとりで連れて行くようなものである。ぞっとする(秘)!でもいつの日か桃太郎達を中国に連れて行きたいと思っている。今年3月の上海遠征は過去最高に楽しい遠征だった。陽孝と欣大を同行したから。ひとりで行く海外遠征ほどつまらないものはない。桃太郎はとりあえず3泊4日だな(笑)。

彼らを迎えるにあたって最高の歓迎をしようと思った。自分がいつもして貰うように、熱烈歓迎!と両国の国旗で迎えた。国旗も手作りで。プレゼントは全く悩まなかった。押忍色紙!書き溜めている『書』の数々!最近凝りだした伝統継承シール!数年前、孫師範代から筆をプレゼントされた。今回の書は全てその筆で書いた。

偶然はもうひとつあった。7名の少年部で一番上は5年生の茶帯だった。名前を王(オウ)と言った。小さいが技がきれた。気合い・返事も一番だった。自分が一番凄いと思ったのは、後輩達の面倒見の良さだった。中には1年生、2年生もいる。彼らの親御さんは来てない。金先生も彼に絶大な信頼を置いているに違いない。二日目、その彼が道着を忘れたという。元気なかった。ズボンはあると言うので、Tシャツで稽古しなさいと、千葉南支部の道場Tシャツをプレゼントした。益々元気に頑張った。少年部のプレゼントの『書』。座右銘を用意していた。ひとつだけ『この道より我を生かす道なし…』、これを一番元気で皆をまとめていたので、彼にあげようと初日に決めた。そうしたら道着を忘れて、偶然にも同じ文句のTシャツが彼の手元に行った。頑張ってる人って、こんなものかもしれない。自分でも驚いた。

二日間で桃太郎達は何を感じただろう?道場生達は何を学んだか?何を思ったのだろうか?

啓治(師範)から北京道場生達に激励の手紙が届いたので、敢えて稽古の前に読んだ。奥村師範の弟子は獅子である。獅子とは百獣の王ライオンのことである。あの手紙を聞き、手紙をを読んだ真意を分かっている道場生は何人いるだろうか?啓治が一番言いたかった事。それは、皆さんは獅子の弟子だから、皆さんも獅子ですよ。と言ってるのではない。

『百獣の王ライオンは可愛い我が子を浅深の谷に突き落とすという。その谷の底から這い上がって来た子供(子ライオン)だけが我が子と認められ、百獣の王(の後継者)となって行くのである。』

あの手紙は、愛弟子達をその浅深の谷に突き落とされた子ライオンに譬えて、裂迫の迫真の指導をしているのである(と自分は思う)。更に言えば、あの手紙は北京道場生ではなく、千葉の桃太郎達に向けた言葉だったのではなかろうか。勿論、一緒にいる全日本選手達に向けたメッセージでもある。“夢を叶えたかったら、今いる所から這い上がって来い!”との、まさに師が愛弟子に宛てた獅子吼だったのである。北京道場生だけに宛てた手紙なら、稽古の後で金先生に渡せばいいのだから。双子だから自分にはよくわかる。お盆休みに帰郷したら真意を訊いてみようと思う(笑)。

組手では桃太郎達は頑張った。桃太郎の親御さん達も仲間も道場の先輩も、皆で一生懸命応援していた。交流とは言え、稽古であろうとも、組手だから勝たねばならない。いや勝つために稽古している。勝つために桃太郎クラスを作った。はっきり言って大声援の応援合戦に違和感を感じた。先生が連れて来たとはいえ、中国から遥々来た小学生達相手に、しかも子供達だけで来ているのに、こちら(日本)は親の大声援!凄まじい光景だった。どちらにもファイト―!ならまだ分かるか。やはり何事にも「時と場合」というものがあるのではなかろうか。あの場は、しっかり見守り、家で厳しい叱咤指導をすればいいのではなかろうか。

 私心を忘れるべし!

そういう時が必ずある。相手のことを思い、黙って見守って欲しかった。

自分自身、今回の出稽古受け入れで色々考えさせられた事があった。合宿が終わって、考えた事と一緒だった。一番は、環境である。日本は余りにも恵まれている。本部道場生は直弟子である。自分の経験と思いで、座右銘や選手団の話などをしてきた。チャンスを与えるのが師範の役目とさえ思って来た。そういう意味で空手母国である日本や千葉は恵まれている?本部は分支部より恵まれている?中国支部道場生は座右銘どころか、道場訓でさえも知らない。黒帯でさえ本気で覚えようとしない座右銘、考えてみれば少年部にとってはもっと難しかろうに。

中国支部だから気合いが凄いのではない。ロシアに行ってもハンガリーに行っても、少年部の気合いは凄かった。それは日本から来た師範に対する礼儀であり、求道心である。やはり、外に出て行く者は勢いが違う。二度とないかもしれない、その“時!”の覚悟である。

偶然にも縁ある日と重なった日中友好の合同稽古。目をギラギラさせながら帰って行く彼らの姿に教えられた。空手は理屈じゃないなあ!って。少し自然体を忘れていたかもしれない。

13日、お盆なのにルネサンスの稽古はあった。師範がいつも遠征でいないのでそのしわ寄せである。ルネサンスの稽古がなかったら、8月12日が何の日か知ることはなかった。スポーツクラブに感謝である。この夏は本当に暑かった。四国徳島から15歳の青年がたったひとりで出稽古に来ただけで驚いた。今度は中国から少年部が親なしで出稽古に来た。熱すぎる!!

金先生が自分との会談で新極真会入門を決意した次の遠征時、そこには白帯姿の金先生がいた。そういう先生の姿(空手姿勢)があるからこその、少年部達の気合いだった。

来年もし出稽古に来たら、バーバキューでもするかな(笑)!