孝を原点とし・・・

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数年振りに生まれ故郷の田舎に帰った。オヤジの法事で。25回忌法要で。

正直恥ずかしい話であるが、今回の法要で父の命日を知った。

久しぶりに帰る実家は小さかった。勿論、家は変わってない。子供の頃から家は小さかった。勉強部屋もなかった。座敷で川の字で寝た。実家の隣はお寺だった。お寺の境内が遊び場だった。野球もしたのに、今見る境内は道場の駐車場よりも狭かった。よく魚釣りをした川は、ひとっ飛びで渡れる位の小さな川になっていた。3日間いて一番小さく見えたのは、実はおふくろの姿だった。腰も曲がり余計に小さく見えた。体重は自分の半分もないだろう。よくもまあ!こんな大きな息子二人を生んだものだ。よくもまあ!こんなに大きくなるまで育てたものだとあらためて感心した(笑)。

19歳で江戸に来た。母が初めて江戸に来たのは結婚式の時だった。それが最初で最後となった。母は千葉の家に来たことがない。母は自分の試合を見たことももない。今だから思うことがある。元気な時に千葉に呼べば良かったかな。全日本大会か、世界大会で一度位呼べば良かったかなあと少し後悔している。母は大声を出して応援するようなタイプではない。息子が優勝しても喜びを全面に出すようなタイプではない。自分が現役の頃、試割りで拳を骨折した時は電話の向こうで泣いていた。啓治が喧嘩して帰ると、謝りに行ってばかりだった。町内一の悪ガキが町会議員になったと喜んでいたら、突然子供を置いて中国に旅立った。母は泣いていた。ある日、目を覚ましたら座敷の襖が変わっていた(笑)。ひっくり返りそうになったらしい。長男は、東京で国家公務員になって安泰と思ったら、突然やめて空手の師範になってしまった。母は泣いていた。

今日、9月5日は母の誕生日である。

日付けが変わる前に気が付いて良かった。でも電話したけど出なかった。年よりはもう寝てた。

お父さん、お母さん、道場で遠慮しないでお子さんのこと応援して下さいね。我が子を応援できること、それは当り前のことですよね。今出来る事は何でもしてやって下さい。

19歳、自分の事しか考えてなかった。母の事なんて・・・若かったからしようがないか。

“親孝行出来ないヤツは空手なんかする資格ないぞ!!”