絆!30年の時を越えて

49全日本大智と

ここに1枚の集合写真がある。

3年前の世界大会と同じく、やっぱり白髪頭の眼鏡おじいさんが中心にいる(笑)。ただし、ALLJAPANの赤いユニフォームは着ていない。支部長の制服である青い審判シャツ姿である。隣には陽孝がいる。同じく支部長で日本選手団のコーチを務める塚本と塚越もいる。全員が歓喜に満ち溢れた顔をしている。50人はいようか。皆が満面の笑みで溢れんばかりのエネルギッシュな顔をしている。場所は東京体育館。時は昨年の10月、第49回全日本大会の表彰式後の写真である。写っている集団はダイチグループの皆さんである。陽孝を自分と挟むように並んでいるのが、このダイチグループの創立者で代表の野田大智氏。自分が36年前、極真時代に少年部の指導員をしている頃に教えた桃太郎!その人である。

いつだったか?大智から電話があった。記憶が正しければ、5月に陽孝が大阪でJFKOの第1回国際大会で優勝した時、それは見事なお祝いの胡蝶蘭の花が届いた。その御礼の電話をした時のことだったと思う。

『先輩、もっと凄い物が届きますよ!』

年明けに結婚する報告は受けて知ってはいたが。披露宴の招待状が届いた時、凄い物はこれだったのかと思った。しかし、違った。

大智が9日の日曜日に挨拶に来た。披露宴を今週土曜日に控えて一番忙しい時に、わざわざ千葉の道場まで足を運んでくれた。その時に持参した贈り物が、実はあの時に言っていた”凄い物!”だったのである。あの第49回全日本大会の時にダイチグループの皆さんと一緒に撮った集合写真を素材にした縦120㎝、横180㎝の特大サイズの写真(ポスター?)だった。ただの写真ではない。手の指の爪のサイズ位の写真が散り蒔かれた特殊加工の写真だった。その数は万単位である。数万枚に及ぶ写真を繋ぎ、組み合わせて全日本大会と同じ写真を創っているのである。近くで見ると小さな写真ばかり。離れた所から見ると、それは見事に写真が再現されていた。1年掛かりで作成したそうである。その熱い想いとスケールの大きさにただただ感服するばかりである。自分だけではなく、一緒に写っている塚本や塚越、陽孝の分まで作ってくれていた。それも二枚!ただただ感動し感謝の言葉しかない。

写真の一枚一枚が全て歴史である。自分と道場の、いや写っている道場生全員の新極真会での歩みでもある。千葉南支部のホームページや自分のFBを中心に写真を集めたそうである。塚本や塚越の写真もたくさんある。こんな凄い物を今迄見たこともない。きっと道場の永遠の宝物になるであろう。

あまりにも泣き虫だったのでお母さんの勧めで小学校1年生の時に入門したそうである。3年生で黄色帯まで取った。4年生に進級する前に広島に引っ越したそうである。自分が覚えていたのは肩車と帯の色だけだった。30数年ぶりに一緒に稽古をした。自分が現役時代に締めていた黄色帯を大智に締めさせた。一緒に稽古しながら、肩車をして遊んだあの時の大智少年を思い出していた。心で泣いた。涙を堪えるのがやっとだった。

夜遅く大智から貰ったメールにも同じ事が書いてあった。

『・・・少年部の頃、カッコ良いと思っていたのは本当でした。今日の奥村先輩は強くてカッコ良かったです。・・・黒帯取ったのに、帯も道着も失くしてしまって。今日、奥村先輩に大事な道着を貰って感動しました。家宝にします。母が泣いていました。撮影した動画を何度も見ていて昔を思い出すばかりです。感謝しかありません。・・・』

ある道場生から、大智と一緒に稽古している姿を見て“あんな嬉しそうな師範の顔を見たことがないです!”と言われた。その通りである。大智のことを道場生達も皆一緒にお祝いしてくれた。こんな嬉しい事はない。

大智から贈られたあの写真にもこの言葉が勿論あった。

 空手 この道より我を生かす道なし この道を歩く!

空手をやって本当に良かった。

千葉に来て本当に良かった。

あの時、師範に言われて少年部の指導員を引き受けて本当に良かった。

“大智、ありがとう!本当にありがとう!!”

“良いご縁をありがとうございます!押忍”