報恩感謝!の心で

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ここに古い一通の書類(通知)がある。

日付けは昭和62年6月22日で、発信者は国際空手道連盟 極真会館となっている。当時、総本部から所属していた支部に届いた通達である。

『6月22日付の本部委員会におきまして世界大会に向けての日本代表選手団の選考会が行なわれましたので以下ご報告します。』

6月14日大阪で開催された第4回全日本ウエイト制大会の結果を受けての、来たる第4回世界大会の日本代表選手の最終選考の通知である。

第一次選考は、前年の第18回全日本大会のBEST4。第二次選考はウエイト制各階級の上位2名。そして日本代表選手の残り枠を決める第三次選考。一旦は全日本大会のBEST8が決まったが大山総裁のひと言で4位までとなり、このウエイト制で最終選考されることになったのである。自分は全日本6位、ウエイト制重量級4位の成績で何とか第3次選考で選ばれた。

今日で2018年が終わる。ある事がきっかけで道場の歩み20年史を作った。激動の20年だった。それを眺めながら道場の歴史を振り返った時、2003年の選手強化副委員長と日本代表選手団コーチの就任が無ければ歴史は大きく変わっていたとしみじみ思ったものである。間違いなく自分の空手人生も大きく変わっていたに違いない。これはあくまでも公民館時代を含めた道場を設立してからの19年だけの話である。

19歳で入門して37年が経った。この37年の歴史を顧みた時、20年史と同様に一番の契機は何だったか?と、この一通の極真本部からの通達だったと確信する。

第4回世界大会の日本代表選手に選ばれていなかったら今の自分はない。

その後の支部長就任もなかったであろう。あの日、緑代表から選手強化副委員長の任命もなかった。今の日本選手団監督さえも。

敢えて言うならば、今の千葉南支部も道場生達との出会いさえもなかった(笑)。

当時、船橋市行田の税務大学校に出向して研修係の仕事をしていた。仕事中に師範から日本代表決定の電話を貰った。今でもこれら一連の情景を全てはっきりと覚えている。4度目の挑戦で初めて全日本大会に入賞。夢にまで見た世界への切符。翌日の支部長会議でウエイト制まで持越しとなった。重量級で4位に入賞したが2位までだったので、落胆の帰りの新幹線だった。何もかも鮮明に蘇って来る。

極真現役時代、帯の色は定かではない。同じ公務員で可愛がっていた道場の後輩が支部をやめて、池袋にあった総本部の会館職員になった。その後輩が大山総裁に頼んで色紙を書いて貰い自分に送ってくれた。生涯で一番の宝物である。

“いつの日か、大山総裁に色紙の御礼を言いたい。強くなって大山総裁に名前を憶えて貰いたい。あの大きな手で握手をして貰いたい。”

その一心で青春の全てを懸けて極真空手に打ち込んだ。

極真空手をすることだけが、子供の頃からの夢であった。弟啓治とふたりで実家近くの闘魂神社で真似事をした日々。大山総裁の著書を買い漁り、いつの日か必ず入門する!と1年の全寮生活を送った熊本時代。そこで宮本武蔵にも出会った。昭和の宮本武蔵にならむ!と師と仰ぎ修行した大山総裁同様に、いつしか自分も宮本武蔵にはまって行った。宮本武蔵が幽閉されたお城の蔵から出て、剣の道に進もうと誓ったのが19歳の時だった。奇しくも自分が熊本の研修を終えて上京し晴れて入門したのが同じ19歳だった。

本部から来た通達は選手選考だけに留まらなかった。

それは代表選手全員を招集して初めて開催する選手団強化合宿の通知だった。監督とコーチが選手団に初めて作られた。勿論、大山総裁陣頭指揮の下で行われた。館山で行われた5泊6日の日本代表強化合宿。あの合宿こそ自分にとっては、師と弟子の原点である。

日本代表になっていなかったら・・・?

後年、第9回世界大会で初めて代表監督になった。雑誌のインタビューの質問で、こう答えた事があった。

『世界大会の日本代表メンバーに選ばれるのと選ばれないないのでは、その人の一生を左右するほど違うと思います。』

 人生が変わるから、世界大会には人生すべてをかける価値がある!

年の瀬に、37年の空手人生を振り返って11年前のインタビューを思い出すにつけ、あらためてこの事を実感する次第である。

今は自分が緑代表や総監督である三好副代表と代表選手を選考する立場にある。一度組織を離れたことがあったが、今は組織の中枢にいる。不思議なものである。たった1回だけだったが世界の舞台に立った。大山総裁の心魂の指導を受けることが出来た。

師から弟子への直伝!である。

だからこそ15年前、緑代表を通じて“天の声!”が聞こえたのだと思う。

いよいよ決戦の年の幕が開ける。空手人生全てを懸けて、この身命に代えても大願を成就せねばならない。必ずや男女W優勝を成し遂げる。

ただただ大山総裁に憧れ極真空手に憧れた少年時代。偶然にも宮本武蔵が晩年を過ごし眠る熊本で就職1年目の研修を受けた。入門前ではあったが大山総裁の著書を買い読み漁った。入門してから今でさえも大山総裁の教えは一生涯の宝である。

大決戦を控えたこの年の瀬に空手の神様から最高の贈り物が届いた。

大山総裁が心の師とも仰ぐ宮本武蔵の五輪の書に倣い、『昭和五輪書』を執筆された。「地・水・火・風・空」の五巻からなる現代版の兵法書である。「地の巻」しか持っていなかったが、残り全てが天から届いた。こんな嬉しいことはない。感激した。(涙、涙…涙)。何としてでもこの恩にも報いてみせる。

研修を終えて千葉の地に着任した。千葉に来て37年が経った。多くの道場生、仲間に支えられてこれまでやって来た。感謝しかない。第3希望だったけれど千葉に来て本当に良かった(涙)。

世界大会は自分の空手人生全ての「報恩感謝!」の戦いでもある。

新極真空手 この道より我を生かす道なし この道を歩く!