啓ちゃん鍋

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日曜日、友のお別れ会に行って来た。場所は東京随一の「青山葬儀所」。南青山2丁目。近いのでお別れ会の後はいつものメンバーでいつもの場所でお清めをするだろうと覚悟していた。その店は南青山3丁目だったので、その通りになった(笑)。場所は勿論、新極真会の夜の聖地鹿児島地鶏の名店「きばいやんせ」である。

2丁目から3丁目の移動。某師範がスマホに向かってひと言。

“鹿児島地鶏の「きばいやんせ」”

凄い時代である。これでスマホに地図が出る。800mだから歩いて行こう。南青山の高層ビル群の谷間。直線距離とは違う。随分歩いても店に辿り着かない。途中で諦めて,

結局タクシーに乗った。開店前だったが、大将が快く入れてくれた。メンバーも同じ。頼む料理も同じ。座る場所(椅子)まで同じ。強化合宿と全く同じである。部屋も同じ。座る場所も、寝る場所(位置)まで同じ。いつものメンバーで行って友の事を偲びながら来たる決戦への勝利を誓った。

久しぶりの「きばいやんせ」で、新メニューのもつ鍋を食べたら最高だった。鶏の水炊きともつ鍋も実は福岡有数の郷土料理である。実家の隣がお寺だった。闘魂神社は歩いて数分。公園など田舎にはなかったから、子供の頃はお寺と神社が遊び場だった。お寺の境内でコマ回しや野球をした。墓場でかくれんぼをした。神社は隠れ道場、高校時代は決闘の場所だった。神社の名前も何の神様を祭っているのか当時も今も知らない。啓治が勝手に名付けた。

喧嘩の神様を祭っている「闘魂神社!」じゃあ!

お寺の境内で近所の人がよく軍鶏の喧嘩させていた。負けた方の軍鶏はその場で水炊きの材料になった(笑)。今、自分が作っている水炊きとは全く違う。日曜日にきばいやんせでもつ鍋を食べながら啓治の事を思い出していた。啓治が元気な頃は、帰省して人が集まる時は必ずもつ鍋をして振る舞った。超特大の圧力鍋に数十人分のもつ鍋を啓治が朝から仕込んで、座敷にビニールシートを敷いて朝まで大宴会をしたものである。人は啓治が作る特製のもつ鍋のことを“啓ちゃん鍋”と呼んでいた。啓治の作るもつ鍋が大好きだった。

冷蔵庫開けたら、冬合宿の残りのレモンだらけ。迷わず344酎ハイを作った。344ハイ飲んでたら鶏の水炊きが無性に食べたくなって・・・直ぐに実行。もう病気かもしれない。鶏インフルエンザかも(笑)!O型だな。

ヴェルディ作曲の大好きな椿姫を聞きながら、造花ではあるがこれまた大好きな椿の花を見ながら飲む344ハイは格別だ。

今度、浮気して啓ちゃん鍋に挑戦してみようかな(内緒)。

偲ぶ夜 沈む心に 花一輪

   真冬に咲く花 椿かな (椿 太郎)

ひとり水炊きの写真UPしてブログ書いてたら、田舎の後輩で啓治の一番弟子の白石君から凄い写真が届きました。

啓ちゃん鍋、ビールかけ、懐かしいですね。
藤川さんが、緑代表と店に来て下さった時も、もつ鍋を食べて頂きました。
藤川さんの笑顔が忘れられません。
藤川さん、ありがとうございました。
押忍

 

もう言葉になりません(涙)!卓巳君、ありがとう。