二本目の筋金入りの帯

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陽孝が弐段になった。

11月、弐段の帯を締めて世界の舞台で大暴れする。

思い起こせば、自分が弐段を取ったのも世界大会の年だった。総本部道場で大山総裁の前で昇段審査を受けた。1987年3月、32年前の事である。前年の第18回全日本大会で念願の入賞を果たし一度は世界の切符を手に入れ、師範から総本部で弐段に挑戦するように言われたのだった。極真空手の世界の総本山での昇段審査。しかも初めて経験する大山総裁の目前での審査。同じ世界の舞台で戦うであろう選手達と戦って取った。あの昇段審査の二日間は自分にとって、世界大会に勝るとも劣らない生涯忘れ得ぬ日となった。

組手が終わり大山総裁に挨拶し、“正の字!”が4つ並ぶ黒板の前に向かおうとした時、大山総裁に声を掛けられた。

『奥村、税務署長になれ!』

“押忍!”

世界一の気合いで返事した。緊張続きの道場が大爆笑の渦に包まれた。

陽孝はどんな思いで自分から弐段の帯を受け取ったのだろうか?どんな思いで今日新しい弐段の帯を締めたのだろうか?

道場生達に訊ねた。

『初段と弐段の違いは何か?』

(あくまでも自分の考えであるが)弐段と参段はそんなに差はない。参段と四段も、四段と五段もそんな差はない。そう前置きしたうえで訊いた。

道場生達は誰も答えられなかった。陽孝も長々と説明していたが全く違った(笑)。

初段と弐段の違いは何か?

「初段は色帯(茶帯)からなる黒帯であるが、弐段は(初段という)黒帯からなる黒帯である。」

だから同じ黒帯でも全く違う(自分はそう思う)。

“黒帯になってからが、本当の修行である。”と昔からよく言われる言葉である。空手のイロハが分かり、難行苦行を重ね、後輩もでき、人に喩えるなら“成人式”が黒帯である。成人式は大人の仲間入りに過ぎない。成人して、人は色々な失敗や経験を積み重ねながら大人になって行く。黒帯を取ったら分かる。黒帯を締めて人の前に立ったら分かる。プレッシャーもあろう。色帯と組手をしたら分かる。黒帯だけには組織名が入っている。人と同じである。組織名が入っている以上、責任もある。

黒帯締めて前に立ったら、師範なんですよ(内緒)。

学校で茶帯で喧嘩して負けてもそうでもないが、黒帯で喧嘩して負けたら多分恥ずかしいかも。

自分の人生を変えた世界大会。その決戦の前に大山総裁の前で20人組手をして大山総裁に頂いた弐段であった。だから、初段と弐段は違う。

どんな思いでその段位の帯を締めているか!ということに他ならない。最後はその人の空手観の問題でもある。

四段は、第8回世界大会の時の世界空手セミナーで審査を受けて取った。五段は、それから10年以上に渡り日本選手団で世界の舞台で戦い、ユースジャパンで戦い、その功労などで無審査の特別昇段で取った。だから思い入れが全く違うが、それだけのことである。

弐段は金色の筋金入りの黒帯が更に精進してなる、更にもう一本金色の筋金が増えた黒帯なのである。