今日は何の日?PartⅢ

11179974_864561653610860_5935521486401003686_n

今日は何の日?と聞いても誰も答えられなかった。

毎週土曜日になると師範が質問する。“今日は何の日か知ってる人?”それが偶然にも3週続けて(笑)。7月4日、他人の入門記念日なんか知る訳がない。どうでもいい!7月11日、組織名が新極真会に変わった日。新極真会の誕生日である。これ位は知っていて欲しい。組織の歴史である。7月18日、本当は日にちではなく7月第3週の土日、千葉南支部の初めての夏合宿をした日である。道場生が誰も知らなくて当然と言えば当然である。でも自分は忘れられない。初めてと言う以上に、今となっては忘れられない意義深い夏合宿となった。

悲しいかな!今年はコロナ禍で夏合宿は中止となった。全ての行事が中止延期となった。9年前も同じような事になった。第10回世界大会の年、東日本大震災の影響で総本部夏合宿が中止。その翌年からも総本部夏合宿は行われなくなった。組織としてはユースジャパン強化合宿を行っており、夏の合宿はもう開催しないことが決定された。そうした経緯があって、2012年夏から千葉南支部で単独の夏合宿を始めるようになった。

だから7月第3土曜日は支部夏合宿の誕生日である。

記念すべき第1回目の夏合宿に超スペシャルゲストを招待した。当時、勝浦にある国際武道大学のサッカ―部監督を務めていた生涯の盟友藤川孝幸氏を招いたのである。友は青帯を締めて道着姿で参加してくれた。友は長くヴェルディ川崎で活躍し、日本代表のゴールキーパーを務めたサッカー界の至宝である。昼間はサッカー仕込みの特別フィジカルトレーニング。夜は現役時代や海外での活躍など貴重な講話をしてくれた。少年部達にたくさんのプレゼントを用意してくれた。その一つを自分もあやかった。友が現役時代に履いていたというサッカーシューズ。27㎝!!「自分も27㎝です。」と言うと、何と自分にプレゼントしてくれた。今でも道場の受付に飾っている。大事な大事な宝物である。そんな夏合宿の(誕生)日を忘れることはない。

2回目は、やはり盟友で世界チャンピオンの塚本(支部長)に来て貰った。組織の日本j代表合宿やユース合宿とは一味違った懐かしい思い出となった。弟啓治(師範)が元気だったら多分毎年来ているに違いない。

初期の頃のユース合宿でも開催したことがあるが、長く続いた茨城県阿字ヶ浦海岸での総本部夏合宿。実は組織名が変わる以前に一度だけ別の場所で総本部夏合宿を開催したことがあった。丁度20年前の2000年の8月、岩井海岸で行われた。組織動乱の時代に緑代表の要請でオーストラリアから帰国した伊師師範が総本部事務局長と師範代に就任した。その頃、自分も千葉南支部を開設し、同じ寅年生まれで気が合い何かとお世話になったものである。何度も千葉に来てくれた。公民館での昇級審査会、啓治との合同のセミナー、道場開設祝賀会にも来てくれた。そして、一緒に夏合宿をやりませんかと誘われて行ったのが、件の岩井海岸での夏合宿だったのである。伊師師範は初めての合宿を盛り上げようと二日目のバーベキューの時、自らが虎の着ぐるみを着て大いに盛り上げてくれた。忘れられない懐かしい夏の思い出である。支部単独の合宿ではなかったが、そんな意義深い合宿を忘れることはない。伊師師範が元気だったら毎年九十九里海岸に来てくれていたと思う。

極真現役の道場生時代、一年の内で夏合宿が一番好きだった。分支部道場生との交流、朝まで続く宴会etc・・・時には、外出禁止の掟を破って師範には内緒でラーメンを食べに行ったりしたものだ(秘)。通常の稽古では味わえない学びや感動があった。それは何歳になっても立場が違っても変わらない。

コロナ禍で夏合宿は中止となった。事情が事情とは言え、民宿「早船」の女将さんには大変申し訳ないと思っている。来年はどうされますか?と若大将から電話が来たので、勿論お世話になりますと同じ7月第3週で予約を済ませた。何回も続くと自然と情が沸く。今では冬合宿でもお世話になっている。年老いた女将さんと親孝行の息子と二人で民宿を切り盛りしているのがまたいい。いつもほのぼのとして絵になる。泣かせるではないか!実は今日、天気が良ければ早船に挨拶に行こうと思っていた。今年は海開きもない。海で海開きがないなんて大変な状況である。今の自分の状況とて他人を励ます身分ではないが、顔を出そうと思った。自分の想いを伝えたくて・・・手土産持って・・・次晴れた日にでも行こうと思う。九十九里の母に会いに!

明日の昇級審査会のために掃除をしていたら青山先生が道場に来た。仕事で稽古には出れなかったが、ワイシャツ姿のままで手伝ってくれた。小掃除の後、恒例になりつつある事務所での“W先生の空手漫才!”が始まった。隠し撮りして生で聞いたら腹抱えて笑うに違いない。

「先生、今日は何の日か知っていますか?」

「4日が先生の誕生日。11日は新極真会の誕生日。今日も誰か何かの誕生日ですか?」

夏合宿の歴史を説明。

「そうですか。今日は奥村道場の夏合宿の誕生日なんですか。中止で残念でした。私も来年は参加させて頂きます。」

「先生、10周年は藤川さんや世界チャンピオンみたいに講話お願いしますよ。」

「先生、勘弁して下さいよ。それにしても毎週毎週、色々な事(誕生日)があるもんですねえ。道場って凄いんですね。」

「先生、この一日は絶対無二の一日なり!ですよ。」

「先生、それどこかで聞いたことありますよ。・・・それテニスの有名な言葉じゃないですか。」

「ピンポーン!さすが同年代。さすが青ちゃん!」

「先生、今度テニスルック見せますから!」

「先生、・・・・・?」

 この一球は絶対無二の一球なり!

テニスで活躍した今は亡き友の言葉である。サッカーの友と同様、テニスの友も不治の病に侵されて若くして帰らぬ人となった。現役を引退して自分の思いを全て託せる少女に巡り合い、日本一の選手に育て上げた。自らがラケットを持ってプレー出来なくなった時に切り開いた境地(言葉)であった。生死の谷間で命を懸けた指導があったからこそ少女は日本一となった。二度とない今の一瞬一瞬を、悔いのないよう、全身全霊で、一球に注ぐ心魂の一打で応える・・・何と重みのある言葉であろうか。

今日は何の日?誕生日とか記念日とかは本当は関係ない。実際に皆知らないし(笑)。自分にとってどんな日でも一日一日が全てが違う。小さくても何かがある。いつもの三人トリオだけの日であっても一日として同じ日はない。友の言葉ではないが、一日一日を、ひとつひとつの技を、一回一回繰り出す突きを蹴りを大事にしなくて成長はない。大山総裁の言葉をお借りすれば、心魂の空手なくして君たちの夢が叶うことはない。精進はない。週に3日以上、年に200日も来ていたらマンネリ化するかもしれない、何もない日の方が多いのかもしれない。いや何かがあっても感じていないだけなのかもしれない。記念日や珍しい事など何かがあった時に道場にいる・・・それはたくさん道場稽古に来ているからこそ、その場に出くわしているのである。我々道場生にとって道場に来る事が縁に触れることなのである。年間稽古日数とは、実はそういうものなんだと思う。大会で勝つための“量!”だけでは決してない。

老いぼれ師範はもう組手しても負けるから。書でそれを教えている。その書も卒業して最近では貼り絵で教えるようになった(笑)。

今日は何の日?

人も組織も歴史の上に立っている。その歴史を知らずして真の精進はない。自分はそう思う。だからどういう手段であれこれからも伝えて行く。

あの二人だったらもしかして3回連続で即答したかもしれないな。

来週天気が良かったら、九十九里の母に会いに行って来ます。中国北京の桃太郎達が九十九里(太平洋)から昇る朝陽を見たら何を思うかな。楽しみです。

“女将さん、来年は大勢で来ますからね。中国語会話、少し覚えて下さいね!”