心の稽古も!

111090196_3419823474715741_4828170342618919838_n

ヤバい!石原(支部長)がまた元気一杯にあの「書」をUPしていた(笑)!

悪夢の大失態から一夜明けて気を取り直して、今日も一日頑張るぞ!と着合い入れていたら・・・言葉を間違って書いてしまった大山総裁のあの言葉の「書」を今日もまた投稿してくれていた。石原、ありがとう(笑涙)!

刀は常に研ぎ澄ましておく!押忍

『先日奥村監督に贈っていただいた大山総裁の大変心に沁みるお言葉

しっかり、毎日希望の朝を迎え今できることを精一杯努力し

刀をいつも研ぎ澄まして感謝の気持ちを忘れず稽古精進してまいります。』

大山総裁の言葉がよっぽど心に沁みたのだろう。これほど響く男も珍しい。だからこそ世界チャンピオンになったのだと思う。(第1回カラテワールドカップ中量級優勝)同じ位に響いた男がまだいる。今日は宮崎からも元気一杯兜虫が飛んで来た。勿論、我が支部の千葉にもいる。二人はいるなあ!

ロシア遠征前夜の決起会で、飲み過ぎてと言うよりも盛り上がり過ぎて寝坊し、間一髪搭乗に間に合った!あの悪夢に次ぐ位の大失態だった。思い出したくもない悪夢のロシア遠征・・・ホテルロビー朝5時集合でホテルに戻って来たのが4時だった(笑)。同じように起こされた人に起こされた。普通の誤字や間違いなら笑って済むが、大山総裁の言葉だから事が大きい。先日も少年部の稽古で、大山総裁の言葉を皆で元気一杯に何回も(間違ったまま)唱和したばかりである。

 “・・・鞘に納めるべし!・・・”

最高の出来栄えだったので台紙に金粉まで降って家宝にする予定だったのに(笑)。

今日は、少年部稽古の最後で正しい言葉で何度も唱和した。お詫びにと、この幻の家宝の書と出来上がったばかりの花火の貼り絵(コピー)で久しぶりのジャンケンゲームで大いに盛り上がった。書と貼り絵とどっちがいいかな?と聞いたら、自分の影の書の師匠でもある松島女流名人のご子息は真っ先に書の方を選んだ。さすが師匠の息子!筆の正しい洗い方や半紙の余白の使い方など多岐に渡り松島師匠から教えを乞う今日この頃である。今日も二手ほど教わったばかりである。

夜の一般部稽古の後、千葉南OLD  JAPANのリーダー濱田初段より書にまつわるほやほやのエピソードを聞いた。家のリフォームで今日業者さんが来て、玄関に飾っている「書」を見て、“なんて素晴らしい書なんですか。どんな書家の方が書かれたんですか?”と聞かれたらしい。以前に大山総裁の座右銘十二カ条のどれかを長形の条幅紙に書いてあげたことがあった。そこで濱田さんはこう答えたらしい。

 「自分が通っている道場の師範が書いたんです。」

何処の道場ですか?是非今度紹介して下さい。入門しないと書いて貰えないんでしょうか?とは言われなかったそうです。これで濱田家のリフォームはばっちりですよ!

大山総裁の言葉だから間違いはよくないが、その失敗を活かしたからこそ更にバージョンUPした書が出来上がった。失敗が新化を呼ぶ!実は空手も、強くなる人とそうではない人の違いは?・・・強くなる人は負けて強くなる。その負けを次にどう生かすかである。自分はそう思う。大山総裁は仰せである。

 武の道における自己反省は常に練達への機会なり!

徳島に嫁いだ娘の横書きの要望がなかったら今回の半紙の初めての横書きの発想は生まれなかった。迷った時、経験こそが次の一手を呼ぶ。大山総裁はこうも仰せである。

 武の道において真の極意は体験にあり よって体験を恐れるべからず!

こういう言い方は失礼であるが、大山総裁の言葉(教え)は空手に留まらず人生全てに通じていると言っても過言ではない。だから単に空手ではなく、空手術でもなく、空手道!なのである。術だけではなく、技だけではなく、心も鍛えて貰いたい。ただ心、精神を鍛える事が一番になってはいけない。極単に言えば、組手をしないで精神論だけを唱えても意味がない。逆に大会にも挑戦せず、チャンピンになったこともない人が、空手は強さだけではない。大会が全てではないと言っても信用されない。大山総裁の創られた道場訓には“心身を錬磨し!”とある。心と身体を鍛えてこその空手道である。これからも自分流でそれを伝えて行きたいと思っている。知識と経験のあらん限りを使って。書も少しだけ使って・・・大いに使って!!

自分にとっては趣味として単純な遊び心もあるが、書は“心の稽古!”のつもりである。