九十九里の母を訪ねて!

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持参した「書」を渡した時、母は“ありがとうございます!”と言って暫くの間「書」に見入った。そして2回、3回、4回と小さな声でひとつひとつの言葉を自身に言い聞かせるように読んだ。

希望の朝を迎えよ そして、感謝の夕(ゆうべ)を迎えよ!

悲しいかな!東日本大震災の翌年から毎年続いていた夏合宿がコロナ禍で初めて中止となった。去年から正月には冬合宿も行うようになった。ずっと九十九里片貝海岸の民宿「早船」さんにお世話になっている。本当だったら先週末開催のはずだった。緊急事態宣言が出され、組織の大会や強化合宿も全てが中止・延期となった。道場も通算で約2か月間休館となる中で泣く泣く合宿中止の連絡を入れた。女将さんは民宿や自分のことよりも先生お変わりありませんか!道場生の皆さんはお元気ですか!と心配してくれた。いつもニコニコ顔の息子さんと二人で民宿を切り盛りしている。止むを得ない非常の事態で理由が何であれ、断るのは辛かった。富士と同じように九十九里が気になって気になってしようがなかった。

九十九里の母を励ましに行こうと思った。頭に浮かぶ九十九里の海と早船を思い、心込めて書をしたためた貼り絵を作った。本当は合宿日の先週行きたかったが、大雨で今日の訪問となった。かくして母の待つ九十九里の海へ向かった。

朝から雷鳴が響き渡り目が覚めた。外は大雨。今日も駄目かと思いきや出発前には陽も射してきた。約束した時間よりも早く着きそうだったので何処かで時間をつぶそうと、今まで寄ったこともない九十九里のダイソーに途中寄った。いつも行く店の3~4倍はあろうかという広さの店舗内をひと回りした。何も買うつもりはなかったが、ある物に目が留まり衝動買いしてしまった。一品だけでは恥ずかしいので茶封筒とジュースを買った。

さて問題です。何を買ったのでしょうか?

ダイソーに寄っても予定より早く着いてしまったので時間つぶしに海まで行った。今年は海開きがない。海水浴は禁止。当然、海の家もない。僅かなサーファー客と家族連れ、今年は寂しい海だった。でも海と空は青かった。

約束の時間に早船に着くと、息子さんが玄関前で、女将さんが玄関上がり口に座って待ってくれていた。息子さんがどうぞ中に上がって下さいと言ってくれたが、海から吹く潮風に打たれて女将さんが気持ちよさそうに座っていたのでここで話しましょうと自分も座り込んだ。そしてすぐさま持参した書を座ったままの女将さんに手渡した。最初はプレゼントそのものに驚き、また中身を見てまた驚き、暫く見入ったまま声が止まった。目頭を一度抑え、言葉が続いた。「書」に書かれている大山総裁の言葉をひとつひとつ噛み締めるように2回、3回、4回とやっと聞こえるような小さな声だったが自身に言い聞かせるように読み上げた。特に希望の朝の所を繰り返し読んでいたのが印象的だった。それから普通の会話が進んだ。

「素晴らしい言葉ですねえ。先生の書もまた素晴らしい!ありがとうございます。本当にありがとうございます。」と何度も何度も御礼を言われた。何度も何度も絶賛してくれた。「希望の希の字が一番いいですね。」と褒めてくれた。「書」を渡して字自体を褒めてくれる人はあまりいない。総裁の言葉自体に感動して自分の書の字そのもにはあまり評を受けたことがない。嬉しかった。「この青い空がいいですね。カモメも飛んでるし。海も綺麗!素敵です!」船を指さしながら、早船が一番いいでしょうと言うと、一番!一番!と言って喜んでくれた。心の底から喜んでくれているのがはっきりと分かった。嬉しかった。

 

1時間はいただろうか。色々な話をした。何人かの道場生の名前も出た。よく覚えてくれている。決して綺麗な大ホテルとは違う。親子でやっている古い民宿だから田舎のような風情があっていい。いつもエプロン姿の女将さんがまたいい。体育館の照明がLEDになって新しくなりましたよと、息子さんと見に行った。お客さんがいないので子供達の遊び場になっているんですよ。と体育館の中はおもちゃで一杯だった。我が家も昔は同じでしたから。道場が遊び場でしたから。道場で娘達と書初めして上達?しましたから(笑)。息子さんは道場にも2回ほど来てくれた事がある。いつも半ズボンで、ニコニコして女将さんを支えている。

先生にこんな素晴らしい「書」を頂いて額縁買わなきゃねえ。ホームセンター行けば有りますよ。すると息子さんが、納税表彰受けた時に一緒に貰った額縁、使ってないのがあるじゃないと・・・箱を持って来て出したら新品の額縁だった。これが偶然にも持参した書にピッタリだったから3人で超驚いた。息子さんが笑いながら言った。先生が書を持って来てくれると思って実は用意して待っていたんですよ!女将さんも大笑いしていた。・・・“お主、わしよりも上手じゃのう!”と心の中で思い、自分もさすがあ!若大将!と言って腹を抱えて笑った。その場で民宿「早船」の家宝が誕生した。3人一緒の記念写真が撮れなかったのが唯一心残りである。女将さんの携帯がスマフォではなく、自分と同じバカチョン携帯だったのが嬉しかった(内緒)。次回はカメラマンを連れてまた遊びに行こうと思う。誰か!お願いします。

九十九里の海の潮風を浴びながら女将さんと息子さんと最高の一日を過ごすことが出来た。合宿の時は玄関先から見送ってくれる。今日は名残惜しいのか、ふたりそろって早船の看板が立っている道路際まで出てきて見送ってくれた。5月に1回だけ団体客が来たらしい。お客さんがいないので料理していないから何もないのよと言いながらも、お土産をたくさん頂いた。息子さんが帰り際ひと言、

「母がこんなに長く会話してにこにこ笑っているのを見たの久し振りでした。」

嬉しかった。

土曜日に行こうかと朝、息子さんに電話した。夕方、女将さんはお通夜に出るという。それで日曜日になった。会話でも出たがそういう事も重なり、そして今の厳しい状況。今日の思いも掛けぬ突然の訪問と続き、よっぽど嬉しかったに違いない。ふたりの喜ぶ顔を見て自分の方が嬉しくなった。

帰り道、富士からの便りを思い出していた。九十九里の海も富士の山と全く同じだった。世界を襲ったコロナ禍。いまだ終息の気配はない。その影響ははかり知れない。人生には様々な苦難試練が襲って来る。人生とはそういうものなのかもしれない。それでも人は皆一生懸命生きている。何かあっても人の所為にしてはいけない。自然の所為にしてはいけない。大きな大きな何ものにも代え難い恩恵を受けているから。たとえどんな日でも、どんな時(状況)でも陽は昇る。あの言葉は・・・要は心の持ちよう、在り方なんだと思う。初めて合宿のない九十九里からの帰り道、富士からの便りと「書」を口ずさむ女将さんの姿を思い出して車中心で泣いた。そして、心の中で会いに来て本当に良かったと何度も何度も思った。今日も感謝の一日となった。

大山総裁の言葉が空手をやっていない人にまた響いた。

また大山総裁(の言葉・教え)が救ってくれた。

正月はひとりでもいいから「書初め」をしに行こうと誓った。

人に物をほどこせば 我が身のたすけとなる、

譬えば 人のために火をともせば 我がまえあきらかなるがごとし