覇気がない!其のⅡ

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“覇気がない!”

2週間前の少年部選手クラスの稽古の時に桃太郎達に言った厳しい言葉。

そんなブログを書いた翌日の稽古、翔希が自主トレを終えて事務所に挨拶に来た。7月に結婚、奥さんを紹介したいので来週連れて来るとのこと。翔希も成長したなあと世界大会の雄姿が自然と思い出されていた。それから記憶がだんだんエスカレートして・・・とんでもない悪夢を思い出してしまった。実は、自分も昔ある人から“覇気がない!”と言われたことがあった(告白)。

第11回世界大会の年の事だから5年前である。2015年の10月、丁度世界大会の1カ月前、新極真会が組織として初めて他団体(KWU)が主催する世界選手権に参戦することとなった。組織の威信を掛けた絶対に負けられない結果が求められる重要な大会だった。翌11月の新極真会の世界大会の日本代表選手以外での代表選手選抜、次の世界大会を睨み若手有望選手7名を選抜した。その中に幸運にも翔希が選ばれた。代表選手には日の丸を付けさせ、ユニフォームやブレザーも用意した。現地では日本領事館を表敬訪問するなど組織にとっても意義深い大会となった。

開催地はロシアのハバロフスク、出発時間の関係から羽田空港近くのホテルに前泊し早朝5時ホテルロビーに集合となった。三好副代表とホテルに着いたら一緒に食事でもしようと約束し、夜の7時にはホテルに着いた。ホテルで三好副代表と合流して、さあ出かけるぞと部屋の前の廊下で話をしていたら、話し声を選手達が聞きつけ、全員廊下に出て来て挨拶された上おまけに見送りまでされた。黙って出掛ければいいものを、翔希はじめ選手達に偉そうにこう言って出掛けた。

“明日は朝早いから、早く寝て寝坊なんかするなよ!”

これが、悪夢の始まりだった。おまけに見送りする選手達の写真までバカチョン携帯で撮っていたとはつくづく阿保である(笑)。

ホテル近くで済ませればいいものをふたり揃えば行く店は決まっている。南青山の宮崎地鶏の店「きばいやんせ」に直行した。新極真会を代表して日本選手団の審判員として一緒に遠征する藤原師範はもう先に来ていた。全て約束通りだった。東京での理事会や大会後の打ち上げは大体きばいやんせと決まっている。遠征前だったが、途中からきばいやんせの大将も同席しいつもの通り、いつも以上に大いに盛り上がった。ただいつもと違ったのは、いつもは大会期間中か大会後だったが、今回はズバリ!前だった。早朝出発の大事な海外遠征の前の晩だった事。・・・いや日が変わり当日になっていた(笑)。いつもはきばいやんせで宴は必ず終わる。今回は何故だか違った。盛り上がり過ぎた。隣の席の常連客の人達とも盛り上がり、歌いに行きましょうという事になり、近くの大将行きつけのスナックに行った。自分は何を歌ったのかさえ記憶にない。3人でホテルに戻ったら朝の4時だった(驚)。ロビー5時集合なのに4時!F師範はチェックインさえしていなかった。もう1時間もないから寝れませんねえと言いながら部屋に戻った。チェックインして直ぐに出掛けたので荷物整理の必要がなかっただけでも良かった。恐れた事が現実となった。知らぬ間にそのまま寝てしまったのである。部屋の電話が鳴ったので受話器を取ったら三好副代表だった。ぽつりとひと言。

「奥村、やっさんとタクシーで来い!」

自然に意味も分からず“押忍!わかりました。”と言って時計を見たら5時過ぎていた。思わず“ウワー!”と大声で唸ってしまった。不思議である。あんな時ってホント大声出るんですね(恥)。自分の大声で目が覚めた。直ぐにロビーに行った。F師範と一緒にタクシーで羽田空港に向かった。奥村がいてくれて良かったよ!自分もです。ひとりじゃくて良かったです。ふたりの絆が深まった瞬間だった(笑)。F師範が大きく見えた。空港に着いて肩を落としてボストンバッグ引きながら、皆の待つ集合場所に向かった。F師範が寂しそうにぽつりと言った。

「奥村、俺達終わったなあ!」

小声で押忍!と答えた。集合場所に行くと皆が仁王立ちで待っていた(仁王立ちに見えた)。誰も何も言わなかった。選手達の視線が冷たかった(そう感じた)。M副代表も電話で起こされたらしい。髪もセットしないで急いで空港バスに乗ったらしい。空手人生で最大の失態だった(悲秘)。乗り継ぎで韓国で時間調整。その時に緑代表にひと言。

“覇気がないですよ!”

押忍!としか答えようがなかった。これから敵地に乗り込むんですよ。監督、しっかりしてくださいね。そんな風に聞こえた。大いに反省した。言い訳を少しすると疲れていたのかもしれない。いやそんなことはない。実は出発日の前日、つまり前泊の日、翌年2月のU-22強化合宿の打ち合わせで千葉トレーニングセンターに行った。それが無事終わり、ちょっと達成感もあったのかもしれない。緑代表に言われたからではない。言われなくても現地に着けば自然と闘志ムラムラ気合いが入った。ホテルでコーチの塚本(支部長)に、喧嘩に来たんですよねと言われた。そうだよ!そして、“新極真会特攻隊!”と背中に書かれた白のTシャツを貰った。わざわざこの日のために2枚作ってきたと。塚本らしいと思った。ふたりでガッチリ握手。勝利を誓った。極真系列のフルコンタクト空手の団体が幾つも参戦してた。元をたどれば、皆大山総裁の弟子だった。大山総裁が亡くなり極真会館は分裂はしたが、あらためて大山総裁の偉大さと残した功績の大きさを痛感した。大会期間中、会場でもホテルでも緑代表と塚本の人気は絶大だった。緑代表の扱い対応は別格だった。コーチは塚本ひとりだったのでいつも一緒にいたが、何処へ行っても他団体の選手や支部長達に握手やサインを求められていた。真のチャンピオンだと思った。これが新極真会の凄さ・実力だとも思った。自分に言わせれば、もう戦う前から勝っていた。そして、いよいよ組織の威信を掛けた激しい戦いが始まった。新極真会日本代表選手達が世界の舞台でその実力を示す時が来た。

男子9階級と女子5階級で世界一の覇が争われた。日本選手団は強かった。緑強志選手が-75㎏級で優勝、翔希も-95㎏級で見事準優勝した。新極真会の選手は7名が参戦し、優勝1、準優勝2、3位2。他流派の選手も5名が入賞した。新極真会海外勢もリトアニアやカザフスタンを中心に強かった。新極真会強し!!を世界に証明した大会となった。勝負の世界に“たら・れば”は禁句であるが、もし11月の世界大会がなく日本代表選手をBESTメンバーで臨んでいたら多分全階級制覇していたと思う。各階級の表彰式の時、緑強志選手に緑代表が優勝メダルを首に掛けるシーンには感動した。ワールドカップ・リトアニア大会や全日本W制大会での敗北などこれまでの試練や世界チャンピオンの長男として、また組織の代表の息子として数々のプレッシャーと戦ってきたことを想うと熱いものが自然と込み上げてきた。誰が声掛けるともなく表彰式の後、新極真会海外支部も一緒に壇上で集合写真を撮った。世界大会や国際大会では有り得ない光景に新極委真会ファミリーの絆の強さを感じた。

今はコロナ禍で強化合宿や海外遠征、国際大会が軒並み中止か延期となり、昨年の9月から全く海外に行っていないが、あの頃は毎年海外遠征があった。KWU参戦のロシアの前年はマス大山メモリアルカップでハンガリー、その前年はワールドカップでリトアニア遠征。リトアニア大会の時に弟啓治(師範)が倒れ、その翌年から中国支部長代理として年に2回の中国遠征が始まった。遅刻も寝坊も許されない緊張の海外遠征の連続だった(笑)。

遠征に向かう時は大失態をやらかし失意のどん底だったが、新極真会の大勝利と日本選手団の大活躍に帰りは元気一杯だった。かな?入賞選手達のドーピング検査が長引き、大会打ち上げのレセプション会場に着いた時、緑代表や副代表はホテルに戻る所だったのでゆっくり話す機会がなかったが、選手達とは色々ゆっくり話すことが出来た。今回のKWU遠征の経験を生かして次の世界大会を目指すように励ました。帰国の便も途中乗り継ぎがあった。空港待合室で代表の音頭で缶ビール1本で皆で祝杯を挙げた。丁度飲み終えた頃合いに、緑代表が自分の椅子の横に来て座った。そして、自分のヒザを軽くポンポンと叩きながらこう言った。

「奥村さん、お疲れ様でした。もう一本行きますか!」

押忍!出発直前の大失態で気落ちしている自分に、“覇気がないですよ!”と言われた事が嘘のように優しかった。選手達のお陰である。第4回世界大会を日本代表選手として共に戦い、支部長になってからも一緒に戦って来たいわゆる失礼だが同志でもある。あのひと言は、失敗は失敗としてこれから組織の威信を掛けて日の丸を背負い戦地に赴くのに、監督の奥村さんが元気がなかったらどうするんですか?という励ましだったんだと理解した。言われた時は反省!反省!猛省!でそんな緑代表の心中を察する余裕はなかった。強志はじめ翔希や日本代表選手達の活躍のお陰で美味しいお酒を飲むことが出来たのである。

羽田に無事?到着。深夜の到着で東京在住者は帰ったが、事務局がホテルを取ってくれていた。出発前と同じホテルだった(笑)。チェックインした時、三好副代表が小林副代表にこう言った。

「先輩、選手団頑張ったからお祝いと奥村の慰労会やりましょうよ!」

複雑な気持ちだったけれど嬉しかった。さすがにきばいやんせまで行かなかったが、ホテル近くの居酒屋で4人で最高の祝杯を挙げた。半分は出発前の話で盛り上がった。ここでは語れない数々の光景の話やその度に名言が飛び出し、祝勝&慰労会は大いに盛り上がり、旅の疲れを癒すことが出来た。いつもながら大山総裁の直弟子として極真会館総本部の黄金時代を支えた3人の師範方とご一緒できるだけで嬉しかった。総本部時代の先輩後輩っていいなあとその時も思った。大勝利もあったが、やっぱり仕事(遠征)を終えた後の仲間とのお酒は美味しいなあと思った。今思い出しただけでもぞっとするが、いい思い出である。こういう師範方の存在があってこそ今の新極真会があることを忘れてはいけない。だから、7月11日の組織名刷新の新極真会誕生の歴史を知って欲しいである。

チャンピオンになることも大事だけど、道場で一緒に泣いたり笑ったりできる仲間を作って欲しい。できれば生涯付き合いが出来るような仲間を作って欲しい。道場は心・技・体を鍛える所ではあるけれど仲間を作る所でもある。一般部だけではない。壮年部も女子部も。少年部然り。自分はそう思っている。

もう桃太郎達に“覇気がない!”とは言わないようにしよう。悪夢を思い出すから。単純に“元気がない!”にしよう。KWUロシア遠征の大失態、瑠偉や里桜にはばれないようにしなくては・・・益々嫌われてしまうから(内緒)。

悪夢は再びありました。国内でしたが寝坊してる間に飛行機行ってしまいました(秘)。

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