青春、熱い今が青春!

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『・・・かつて私は、真のチャンピオンになることができる条件を三つ挙げたことがあった。すなわち、「努力」「天性」「チャンス」である。・・・』大山倍達総裁著書:昭和五輪書 火之巻

毎週水曜日は女子部の日。常設道場を開設して暫く経ってから、一般部・少年部の他に壮年部と女子部を創った。老若男女随時歓迎歓迎の看板を掲げているから。大会を目指して強さを求める一般部。今は、大会を目指す一般部以上に仕事や家事をしながら稽古に励む壮年部・女子部なしに道場は有り得ない時代となった。少年部全盛の時代でもある。水曜日、今日の稽古はいつも以上に盛りあがった。全日本選手やドリーム選手が小さく見えた。

自分の今があるのは間違いなくサポーター無しでの組手全盛の厳しい一般部修行時代があったからである。其処には、支部出身ながら全日本2大会連続入賞の偉業を成し遂げた白石先輩という偉大な先輩の存在があった。白石先輩がいたからこそ、総本部への憧れはあったが千葉に来て良かったと心底思った。そして茶帯の頃から任された少年部クラス。少年部の指導員になったことが強さだけではない空手道の存在意義を知った。殺伐とした道場の中で別の意味で空手道の(教える喜び等)魅力を学ぶことが出来た。生涯の弟分大智にも巡り会うことが出来た。今まで語った事がなかったが、実は、壮年部の存在が今の自分(の考え)を作り上げた。今日の水曜日の稽古を指導しながら40年近く前の事を懐かしく思い出していた。

今日のキーワードはズバリ!壮年部である。

自分が道場に入門して緑帯になった頃に新しく「壮年部」クラスが出来た。毎週土曜日、稽古時間は夜の一般部の後。一般部クラスに年配の方が増え、人数も増えたため一般部から独立した。週1回だけだったが、仕事の後の稽古クラスは自然と盛り上がった。自分は19歳だったが、壮年部決起会や稽古後の飲み会にしょっちゅう参加させて貰った。若い一般部とは違った意味での壮年部は盛り上がりがあった。極真空手の一般部で空手を強くしてもらい、壮年部にお酒を鍛えて貰った。

チャンピオンになる条件の中のひとつ・・・チャンス!

自分が入門してから1年以内の間に(緑帯・茶帯の頃)、色々なチャンスが到来した。全日本大会を目指す日曜日の特別稽古会「小天狗実戦会」が再開となった。師範に少年部指導員を命ぜられた。新しく壮年部が出来た。師範にいつも稽古の甘さを叱咤された。空手道の厳しさを教えられた。しかし、少年部の指導員を任されたり、茶帯ながらも特別に帯研参加を許された。敢えて力説して言うならば、お酒が好きだから壮年部の飲み会に頻繁に出席させて貰ったのではない。一緒に稽古をして汗を流したからこそ、皆も歓迎してくれたのである。全日本を目指し、いつの日か世界の舞台に立ちたいとの思いで、土曜日一般部稽古の後の壮年部クラスの参加を師範に許可を貰ったのである。新しく立ち上がった壮年部には勢いがあった。その中にたったひとりの若造が居た。少し生意気ではあったが、全日本や世界の舞台を夢見て汗を流す青年の姿に壮年部の先輩方は我が身を重ねていたのだと思う。自身は年齢の所為で全日本は無理である。その夢を極真空手のために上京して来た19歳の血気盛んな青年に夢を託したのだと思う。自分より組手で強い人はいなかったが、社会に出れば皆地位のある人ばかりだった。壮年部での薫陶が自分を常識ある人間に育ててくれた。今思えば壮年部の方々に感謝しかない。

少年部は正直である。強さや帯の色は関係ない。一緒に稽古していない人の名前は憶えない。稽古を一緒にしないでお酒飲んでも美味しいだろうか。支部長になって道場を構え、道場訓の8番目を作った。

稽古は厳しく その後は楽しく!

極真空手の強さに憧れて入門した。ズバリ!喧嘩に強くなりたくて入門した。支部長になった今でも自分の空手道の原点は此処にある。強さを求めて、全日本大会、世界大会を目指したからこそ今の自分がある。そして、少年部の存在と壮年部の存在があってこそ空手道の意義、奥深さを学ぶことが出来た。入門後に師範から様々なチャンスを与えて貰った。そのチャンスを自分は生かした。活かした!自分も結婚し家庭を持ち子供がいるからこそ、少年部やご父兄の方の気持ちが分かる(つもりである)。サラリーマンをしなが空手をした。大会にも出場した。だからこそ壮年部の気持ちが分かる(つもりである)。

道場開設時に各クラスのキャッチフレーズを作った、壮年部は・・・

 “混迷の時代を生き抜く力を!”

だから壮年部には選手クラスとはまた別の意味で想いがある。だからこそ道場訓の解説や大山総裁の座右銘を覚えて欲しいと願っているのである。今日の参加者、10人いて誰ひとり座右銘を覚えている人はいなかった(悲)。これが、趣味と楽しさだけの現実でもある。それもまた道場通いのひとつではあるが。熱心な大山教信者とそうではない人の違いでもある。大山(極真)空手を学ぶのに、大山総裁の教えを知らずして真に学ぶことが出来ようか。そういう人はいつまで経っても奥村師範は越えられない(内緒)。

日本の武道に憧れ異国の地から来日し、全国大会で6連覇を達成した母がいる。組手大好き。全く年齢を感じさせない。息子達3人が退会しても、自身は変わらぬ気持ちで修行を続け昇段を目指す母がいる。入門時の若さのままである。来年で千葉南支部移籍20年、加えて来年年男のお父さんがいる。20年間変わらぬ稽古姿勢には頭が下がる。今日、来年の昇段審査挑戦を申し渡した。仕事をしながら、家事と両立しながら、空手道に励む壮年部や女子部のお母さん。道場の宝である。中学生になった瑠偉や少年部の桃太郎達に望むこと。(大会での)強さを求める空手道は当たり前。社会人になっても空手やめないで、こういう壮年部の中で空手の稽古をして欲しいと思う。何歳になっても熱く青春して欲しい。其処には、連れられてする稽古とは違った別の景色がある。

千葉南支部、OLD JAPANが益々熱い!

現役時代の一時期、土曜日3部稽古に出ていた。少年部、一般部、壮年部。そして、その後の朝まで続く飲み会。少年部と壮年部の稽古に出たことは、日曜日の選手稽古に匹敵する位の事を学んだ。その経験が今の自分を間違いなく作っている。女子部はなかったが、全クラス出席していた道場生は自分ひとりだけだった。世界大会出たのは、自分だけである。偶然だろうか?此処にひとつの神髄がある。

悪しき前例の打破! 規制(道場)改革!

12月の昇段審査会、公民館時代のように自分が号令指導しようかと思ってます(内緒)。

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