赤と金色のセレナーデ!

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田舎の実家近くの闘魂神社で弟啓治(師範)と真似碁の空手をしながら入門を夢見て過ごした日々。極真の道場はなく、インターネットも携帯電話もない時代。唯一の極真の情報源は通信販売で届く当時の機関紙「空手マガジン」だけだった。あとは年に一度の全日本大会のテレビ放映。入門してからはパワー空手!道場には入門したものの、大山総裁や極真総本部の情報を知るため、毎月1回届くと隅から隅まで目を通した。有名選手の写真や記事には心躍らせたものである。全日本大会に出場してテレビに自分の試合がちょっとでも写ろうものなら部屋で大声出して喜んだものである。パワー空手に名前が載るだけでも月に旅行に行ったくらいに飛んで喜んだものである。

今の道場生は恵まれている。恵まれ過ぎている!

近くの道場に入門したら極真(新極真会)の道場だった。新極真会、ほとんどの人が偶然だったと思う。それだけ全国に支部道場が増えた。現代はIT社会。何でもインターネットで情報が入る。ユーチューブで幾らでも情報が入り、昔の大会の動画も見放題。道場に全日本選手がいる。世界大会日本代表選手がいる。千葉南には世界チャンピオンさえいる。恵まれた環境、それはそれでいい。自分に言わせれば有難みがない!それを生かして欲しいのである。現代社会、恵まれているのは空手だけの話ではないが。飢え!ハングリー精神がない限り、試練は乗り越えられない。成長はない。

コロナ禍で初めて空手ライフが休刊となった。ましてや今は隔月の発売だから、あまり読んでもいない人にとっては影響はないのかもしれないが。偶数月の15日に発売。11-12月号は、無観客開催の全日本大会のプログラムとしても併用して刊行されることから11月に発売が延期となった。今日の土曜日の稽古、奥村師範のいたずら・遊び心がうずいてしまった(笑)。

“空手ライフ、読んでますか?道場HP時々見てますか?”

稽古来た人(定期購読者)に空手ライフ来たよーと言って、前の9-10月号を渡した。表紙を見て直ぐに気が付いた人。内心は間違いと判っていても、師範が間違ってると思い黙って受け取った人。HPを見ていながらも、二冊目を貰えたと喜んで受け取った人。何ぺージも見て初めて見るかのように内容を語る人。この人はいつも読んでないなと思った。大変失礼な事をして申し訳なかったが、リアクション・反応に個性が出てるなあと思ったものである。

月会費を払ってする趣味の空手である。絶対という事はない。強制もない。大会出場然り。道場行事の参加然り。強制ではないが、道場はスポーツクラブやサークルとは全く違うものだと思っている。道場生はお客さんでもない。黒帯になったら、ただひとつだけお願い(強制?)している事がある。それは・・・

組織の機関紙「空手ライフ」の定期購読である。

黒帯は色帯とは違う。詳しくは敢えて述べないが、黒帯には組織名が入る。組織人として義務を課そうというのではない。しかし、組織の黒帯締めて、人前に立った時に組織の動きや緑代表の考えを知らずして指導で何を語るのかと思う。入門希望の人に組織の理念知らずして何を!型の指導で型の三要素を知らずして何を!・・・自分が黒帯必須を作ったのはそういう意味なのである。難しい話は別にしても、自分は空手ライフは心・技・体を学べる宝の本だと思っている。そう思えるくらいに稽古して貰いたい。空手ライフ読んでいない人、多分ユースジャパンは知っていてもU-22は知らないと思う。大会目指して目標の選手がいたら、憧れの選手がいたら、記事読みたくなるのが心情だと思う、

黒帯になったからと言って急に変わるものではない。稽古量や稽古姿勢。特に空手観!ただどれだけの汗を流して取ったかで、その後の稽古姿勢や空手観は少しは変わるとは思うが。白帯の時の自分も色帯の時の自分も、黒帯を締めた自分も全て同じ人だから。自分の場合、緑帯茶帯時代の薫陶が今の空手観の原型を作ったと思う。闘魂神社の自主トレも大きい。ズバリ!どんな経験を積むかである。空手ライフで喩えるならば、読んでなかった人が黒帯になって購読始めてもきっと読まなくなるだろう。最初は光っても金メッキは所詮メッキである。メッキは直ぐに剥がれ落ちる。色帯時代に、なかんずく茶帯時代に心魂の修行をして本物の筋金入りの男になって欲しいと切に願うばかりである。

何がきっかけだったかも憶えていないが、大山総裁の教えや道場訓の「書」を金色(ゴールド)の紙にコピーするようになった。心マークまで入れて、すっかりはまってしまった。赤と金色が凄くマッチする。実は、この赤とゴールド好きは今に始まったことではない。相性がいいことも知っていた。独身時代は赤というより赤紫のオープンシャツやTシャツが大好きだった。冬のマフラーも。全日本、世界大会の時は赤色の勝負パンツで出場した(秘)。ALL JAPANとユースジャパンのワッペン見たら、いかに赤とゴールドが好きか分かると思う。赤鬼になったのは偶然のことではなく、必然だったのです(笑)。

赤と金色好きは空手始める前からである。火の国の熊本に行ってそれは爆発した。全寮制時代、6畳一間の部屋を赤とゴールドで染めていた。ふたり部屋にもかかわらず。金色好きだけど、ネックレスやブレスレットの類の光り物は大嫌いなのですが。

“武は備えなり 剣は磨いて鞘の中に納めておくべし みだりに剣を抜くは武に非らず!”

自分風に解釈するならば、普段からうわべ面の形だけの輝きなんて必要はなく、いざという時に輝け!ということだと思っている。面年内一杯は赤とゴールドで勝負しようかと思う。会心の書が出来たら徳島に嫁いだ娘にも贈ろうかと企んでいる最中です。

奥村家の菩提寺は此処です。サラリーマン時代の管外出張で京都に行った時の写真です。金閣寺と太秦の「映画村」で遠山の金さんのセットで。

燃える闘魂!

国家公務員の研修所で。40年経って・・・お恥ずかしい限りです。ただ、色々な意味で燃えていたことは確かです。

良い子は絶対に真似をしてはいけません。