原点 其のⅡ!

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何度目の引っ越しだっただろうか?慌ただしい年末に公務員宿舎から加曾利の地に引っ越して来た。土曜日だったような気もするが、荷物整理もままならない状況の中、翌日曜日に加曽利の常設道場で初めての稽古会と昇級審査会を行った。

平成13年12月23日だった。

忘れもしない・・・当日の朝、大きな大きな荷物が届いた。包みを開けてひっくり返りそうになった。贈り主は弟啓治(師範)だった。道場開設にあたり啓治からのお祝いは、道場の象徴とも言うべき大きな大きな太鼓だった(涙)。当時はまだ支部長ではなく、道場責任者だった。千葉南奥村道場がスタートした時、道場には啓治から贈られてきた太鼓と正面に飾った大山総裁の手刀顔面打ちのポスターしかなかった。ポスターは熊本研修所時代に最初の給料で通信販売で買った一番の宝物だった。それから徐々に現役当時の写真や大会出場の記念品などを飾って行き、道場らしくしていった。当時はあの有名な書家の先生の「書」など一枚もなかった(笑)。飾り物の極め付けが青帯の時に総本部職員になった後輩を通じて貰った「大山総裁直筆のサイン」と、全日本大会で入賞した時の副賞で貰った「押忍の掛け軸」だった。

この二つは、大山総裁のポスターと並び自分の一番の生涯の宝物である。

1月4日、父の誕生日に弟啓治(師範)から届いたメール

『幸一師範、使命 原点!

 この道より我を生かす道なし この道を歩く!』押忍

原点!・・・

何か事を起こした時、そのきっかけとなった事だったり。その人の現在がある一番の要因などである。自分にもいくつかの原点がある。

揺るぎない不動の原点がある人は強い!

反対に原点のない人は弱い。すぐ空手をやめる。自分が59歳になった今も空手を続けているのは揺るぎない空手道の原点があったからである。その筆頭が・・・闘魂神社である。いつの日か入門を夢見て、兄弟二人で空手の真似事をして過ごした日々、地元に道場がなかったことが、より強い憧れを抱かした。他には、白い道着と黒帯の姿 三四郎。大山総裁との出会い。第4回世界大会に出場していなかったら今の自分はない。監督にも支部長にもなっていなかったと思う。赤鬼コンビも誕生しなかったに違いない。世界大会とは、人生を変える位にそれだけ大きなものであった。

啓治のメールの「原点!」が気になって気になってしようがなかった。そして、山が動いた((´∀`))。次の行動を見たら驚くに違いない。緊急事態宣言が出て20時稽古終了と初めてなった土曜日、道場生達が帰った後、道場の大掃除をした。・・・真夜中に衣替えをした((´∀`))。

窓ガラス以外の壁には写真額や色紙、書が至る所に貼られている。どれも思い入れのある物ばかりである。それがある意味奥村道場の歴史そのものでもある。その筆頭が道場の正面に飾られたものだろう。

12月23日の初稽古会以上に忘れられない出来事がある。年が明けた1月2日、緑代表がな、な、何と道場を訪問してくれたのである。九十九里海岸でのゲーム機のCM撮影の帰りに寄ってくれた。自分も撮影同行を頼まれたが、正月返上で外構工事を業者に依頼し立ち合いがあったのでお断りしたが、それにもかかわらず道場訪問は快く受けてくれた。緑代表とはそういう(優しい)人なのである。秘書兼運転手の祝さん、若き日の渡辺大士選手と佐伯健徳選手が一緒に来てくれた。ジョイントマットを敷いただけの道場にたったひとつ正面に大山総裁のポスターを掲げただけの道場で正拳中段突きをしたことを思い出す。道場開設後初めての来客が緑代表とは感無量である。3階の自宅で道場開設の美酒に酔った。我が家の姫君はまだ二人で幼稚園も行っていなかった時である。緑代表にお年玉を貰ったことなど姫君達は覚えていないだろうが。

12月23日の初稽古や緑代表が訪問してくれた時の事などを懐かしく思い出しながら、道場の大掃除と正面の衣替えをした。周りの物まで取っ払ったりしなかったが、あらためて原点に立ち返り精進していく決意をした次第である。道場開設時、全日本選手はいなかった。ユースジャパン制度は勿論なかった。少年部も含め、強い道場生は居なかった。当たり前である。最初から強い支部道場も世の中にはない。

日曜日、いつもの4人が朝練に来た。彼らなりにより高みを目指している。昼の少年部クラス、黒帯どころか茶帯すらいない。公民館でスタートし、約2年後に常設道場を持った20年前と状況が同じである。全日本に通用する選手を育てようと思った。世界の舞台で活躍できる選手を育てたいと思った。衣替えした道場正面だけではなく、指導も原点に立ち返り精進して行く決意をした次第である。

道着と全く同じである。白い壁だけの道場が飾り物で今は賑やかになっている。衣替えした正面を見たからだろうか?気分も変わったような気がする。今は勝てないと分かっていても天羅と紫穏も5月全日本大会に出そうかなとふと思った(まだ内緒)。

紫穏、入試合格して高校生にならないと全日本出れないぞ((´∀`))!

1月11日、暦の上では「武道鏡開きの日」である。こんな意義ある日に兄弟で生を受けたことを誇りに思う。両親には感謝しかない。

本日はふたりの誕生日に際し、世界中の仲間からお祝いのメッセージを頂き本当にありがとうございました。弟啓治(師範)はいまだ右手右足が動きません。しかし、諦めることなく強く生きています。年1回の全九州(福岡県)大会には、新極真会支部長の制服である白ブレザーで会場に来ます。空手師範として、新極真会支部長の誇りを決して忘れていません。“不撓不屈!”この言葉が一番似あう男は啓治かもしれません。これからも兄弟ふたり力を合わせて微力ながら組織発展のために残された余生を命掛けて邁進する所存です。

啓治も大変喜んでいました。本日は誠にありがとうございました。押忍

この道より我を生かす道なし この道を歩く!

ありがとうございました。押忍!