福岡からの手紙

210128_1014~01

『奥村先生へ

かっこいい記念品ありがとうございます。ぼくも福岡大会で会えることをとても楽しみにしています。あいさつに行くのでその時はよろしくおねがいします。ぼくも奥村先生のように強くなって世界大会の無差別優勝を目標としてがんばるので応えんよろしくおねがいします。   横島玄武より』

久し振りにラブレター?を貰った。便箋にたった数行だけの短い手紙だったが嬉しかった。差出人は、残念ながら小学5先生の男の子である。御礼の気持ちと世界大会への強い思いが綴られていた。鉛筆書きの大きな力強い字だった。贈ったプレゼントがよほど嬉しかったのだろう。直ぐに返ってきた御礼の手紙、心からの思いがひしひしと伝わった。

公務員時代の、まだ独身の頃の話である。大手町にある本店勤務時代に、1都3県の管内の支店を応援して回ったり、若手職員の研修指導をする部署にいた。短い時は3日間だけ。大体1週間から2週間、1カ月。長くても3カ月単位で1年中派遣されていた。2年間勤務した。正直、仕事はきつかった。飲み会も多かった((´∀`))。道場に行けない日が続いた。仕事上とは言え、出会いもあれば別れもある。歓迎会、慰労(送別)会の連続だった。ある支店に派遣された時、やけに気の合う先輩がいた。1カ月か2カ月かの派遣だった。しょっちゅう一緒に飲みに行った。昼間は黙々と仕事をし、夜になるとまた輪をかけて元気になった。豪快な先輩だった。悲しいかな!その派遣が終わってから、もう同勤することはなかった。39歳?で退職するまで先輩と会う事はなかった。100に近い支店の数、本店を含め職種・部課の数、組織の規模からして当然と言えば当然だった。

昨年の11月の事である。道場に電話があった。“奥村君かい?・・・分かるかい?・・・”30年近くも会っていなかったが、直ぐにその先輩だと分かった。自分が当時極真空手をしていたことは勿論知っていたが、まさか30年経って道場に電話が来たことに驚いた。超嬉しかった。短い会話の中で先輩が退職して田舎に帰った事を聞いた。先輩が自分と同じ福岡県出身だったことをその時に初めて聞いた。自分の実家のある京都郡みやこ町犀川とはかなり離れてはいたが、偶然に驚いた。電話を掛けた理由はこういう事だった。

先輩の福岡の地元の友人の小学生の息子さんが空手をしており、どうも新極真会らしい。奥村君のことも知っている。今、その友人の家に遊びに来ており、その息子さんが傍にいるので話をして貰いたいということだった。電話を替わって、その子と話をした。

小学5年生で、他流派をやっていたが新極真会に移籍したことなどを聞いた。はきはきとした元気のいい声だった。本人は自分では言う訳もないが先輩が言うには、かなり強いらしくて道場でも有望株らしい。道場では緑強志先生、山野翔平先生に教わっている事を聞いた。ふたりの先生のように世界大会や全日本大会目指して稽古頑張るように激励した。先輩には全九州大会(福岡県大会)で毎年福岡に行っている事を話し、再会を約した。サラリーマン時代のたった1ヶ月の縁だったが、繋がりに驚いた。自分の生まれ故郷福岡の少年が、空手は習っていなかったが極真空手に思いを寄せる少年時代の自分の姿と重なった。5年生と言えば、ユースジャパンに参加できる年齢である。わざわざ新極真会に移籍するくらいである。先生が世界戦士の緑強志選手である。ユースジャパンを知っていよう。まだ見ぬ福岡の少年部に色紙でも贈ってやろうと思った。先輩にその場でその子の住所と名前を聞いた。玄海灘の「玄」に、武道の「武」。凄い名前だと思った。お父さんはよっぽど武道好きなんだろうと察した。思いが読み取れた。玄武と書いて「ひろむ」と読む。

新極真会福岡支部 横島玄武

直ぐに“押忍色紙!”と「書」を贈った。まだ3カ月しか経っていないのに何の書を贈ったか憶えていない(笑)。多分、銀の“武は備えなり!”か“極真精神!”だったような気がする?“伝統継承!”だったかな?・・・忘れた((´∀`))

押忍色紙の裏にこう綴った。

『新極真会は世界一の組織だから。ユースジャパンやドリーム目指して稽古頑張れよ。世界大会日本代表選手を目指して頑張れよ!来年の福岡大会で会うのを楽しみにしてるよ。押忍! 日本代表選手団 監 督 奥 村 幸 一』

少年部だったが、敢えて日本代表監督の肩書きを入れた。響く(子だと)と思ったから。お父さんの友達が偶然遊びに来て、その友達が奥村師範の知り合いだった。お父さんと先輩が子供の空手の話をしなかったら、自分の名前は出なかったに違いない。その先輩が偶然ににも自分と同じ福岡だった。偶然の辞令で、たった一度きりのたった1ヶ月だけの同勤をしただけである。もしも先輩が退職して福岡の田舎に帰らなかったら。色々な偶然が重なった。その偶然が、不思議な縁を呼んだ。最初の偶然から既に30年!奇跡に近かった。その縁が小さな絆となった。まだ見ぬ福岡の少年部との小さな絆!それが大きな絆となるかどうかは、彼自身の今後の精進次第である。が、絆が大きく育つ下地はある。その舞台がある。新極真会には・・・

新極真会には夢がある。

武道空手界で世界最高峰の世界選手権大会がある。少年少女の夢の大会、2,300名が出場するカラテドリームフェスティバル全国大会がある。これは世界一の規模である。そして、選手強化育成プロジェクトのユースジャパンがある。

福岡支部の錚々たるメンバーを見よ。世界大会日本代表選手だけでも10名以上はいる。吉田富和、森 健太は今や支部長である。渡辺大士は日本一の支部の師範代を務める。3人は全日本W制チャンピオンである。世界チャンピオンの南原朱里、緑 強志(KWU)、荒木千咲(世界ウエイト制)。南原、藤原兄妹、山野、荒木は他流派からの移籍組である。覚悟の移籍は随一の実績となって顕れた。福岡支部一番の魅力は、緑代表が支部長を務めるからに他ならない。

徳島に嫁いだ娘はユースジャパン1期生で、世界チャンピオンになった。岡山の娘は第12回世界大会で日本代表になった。城南や大阪神戸湾岸にもユースジャパン現役の娘がいる。次の日本代表有力候補である。昨年12月、高知にも娘が二人誕生したばかりである((´∀`))。そして、今度は福岡に息子が出来た(笑)。年齢差からして孫かな((´∀`))((´∀`))。

新年1月になって2年生の来輝と1年生の真総が「桃太郎クラス」に入った。千葉や福岡だけではない。いや全国にユースジャパンや世界大会を目指す子供達がいるのである。そう言う意味でも、感染拡大が続くコロナ禍の状況の中で3月にドリームフェスティバルが開催される意義は大きい。一昨年の2,300名には遠く及ばないが、こういう状況でも1,000名がエントリーしたと聞く。開催決定は、選手やご父兄の皆さんの夢を繋いでくれた。嬉しい限りである。組織一丸となって成功させなければならない。

11月の全日本大会で強志に会った時、玄武君との不思議な縁の話をしたら驚いていた。お世辞抜きにかなり強いらしいと聞いた。12月に緑代表と霞が関大臣表敬訪問に行った時、実は公務員時代の福岡の先輩の知り合いがおりまして・・・・と件のいきさつを話した。強志君が指導しているそうです。名前を聞かれたので玄海灘の「玄」と武道の「武」で、横島玄武(ひろむ)君と言います。他流派から移籍してきてかなり強いらしいです。

『玄武なら自分が可愛がってる子(選手)ですよ。他流派の九州チャンピオンで、以前から福岡大会にも出ていたんですよ。福岡の(5年生)チャンピオンと勝ったり負けたりで、有望株ですよ。』

びっくりした。ちょっと縁がありまして・・・宜しくお願いしますと挨拶のつもりが、緑代表自身が知っていた事に驚いた。会員1300名以上の日本一の支部である。代表は組織の長として世界遠征や総本部のある東京勤務がある。故郷奄美にも支部を持つ。超多忙の身である。決まった定期的な指導もしてなかろうに、それでも少年部を知っていた。即答されたくらいだから、本当に強いんだと思う。

FaceBookを始めSNSやメール全盛の時代にあって、まだ会ったこともない少年部から届いた手紙に爽やかな気分となった。励ました方の自分が最高のエネルギーを貰った。コロナ禍で別れもあったが、こんな嬉しい出会いもあった。年齢・性別・職業など全く関係ない。20年のサラリーマン生活のお陰でもある。

空手云々関係なく、自分の生きてきた道はずっと繋がっていることをあらためて痛感した。

玄武君は出場するのかなあ?((´∀`))