Category Archives: 師範ブログ

image1

大決戦の前の戦いに勝って!

いよいよ決戦の日まで2週間となった。

2週間後、千葉南支部から世界チャンピオンが誕生する。

来週は昇級審査会なので、昼からの合同クラスで陽孝の壮行会を行った。同じ道場に日本代表選手がいることを誇りに思って欲しい。そして、先輩に続いて世界の夢を掴んで欲しい。道場は大会の選手を育てることだけが目的ではない。チャンピオン養成所だけになっても駄目である。空手道を学ぶ目的は色々あるから。しかし、大会がある以上は大きな目標を持って稽古に臨んで欲しい。目標があってこそ厳しい稽古にも耐えられるものである。成長もある。是非、先輩達に続いて全日本や世界大会を目指して欲しいと思う。

陽孝の壮行会を行った同じ日、川崎で大会が行われている。小さな大会だけど、実はこれが大きな意義のある大会なのである。陽孝を始め全日本の選手と毎日稽古している高校1年生になった翔太が出場する。翔太は道場内で稽古日数一番である。びっくりするほど強くなった。こんな寡黙で無心に稽古する道場生をあまり見たことがない。いつの日か全日本大会にも出場させたいと内心思っている。思っているからこそ日曜日の朝練を許可した。翔太は先輩達の応援のため大阪にひとりで行った。だからこそ敢えて厳しい言葉を掛ければ・・・

今日の川崎で優勝出来ないようではまだまだである。もうそろそろ先輩と互角に渡り合えるようでなければ。いや来年くらいにはもう勝てるようにならないと。全日本に出場しても1回戦で終わってしまう。

“道場の先輩に勝てずして全日本では通用しない。”

出場する選手ではなくて、勝てる選手になって欲しい。その上の世界を目指して欲しいのである。同じく紫穏にも言った。川崎で勝てないようではドリームで通用しないよ!と。小さな大会だけど実は世界の道に繋がっているのである。春から桃太郎クラスに入った元輝も初挑戦である。小さいけれど大きな世界への一歩を踏み出した。

“今戦っている小さな大会こそ!世界への道なのである。”

木曜日は船橋道場の日。幼稚園の時、北海道から白帯で移籍してきた遼也がお父さんの転勤で引っ越すことになった。今度の木曜日が最後の稽古となる。千葉に来た時は稽古中お母さんの所に行って満足に1時間稽古出来なかった。小学校3年生になって後輩も出来て、逞しく成長した。正直別れは寂しいが、こういう成長した少年部の姿を見る時清々しい気分になる。

“空手道は決して大会のためだけではない。”

週一回のルネサンス。スポーツクラブで黒帯は取れない。世界大会も無理である。しかし、空手の好きな少年少女がたくさんいる。空手道に何かを求めてやって来る。ひと言もしゃべらない子が少しづつ反応するようになった。返事も大きく出来るようになった。大きな返事が出来ただけで、お母さんはそばで泣いている。型が少しだけ出来るようになっただけで、お母さんは泣いている。今まで一度も笑ったことがない子が笑うようになった。野球でもサッカーでもなく、母は空手道を選んだ。母は息子に空手を学ばせて強くなって欲しいのである。「先生や皆さんに迷惑かけますから、もうやめさせます。」と言ってくるお母さんにいつも自分はこう言う。「本人がやめたいと言ってるんですか?そうじゃないでしょ。お母さんが負けたら駄目ですよ。一緒に頑張りましょう。」

“戦いは大会の舞台だけではない。そして可愛い我が子のために母も戦っている。”

後輩達が先輩に続けと小さな大会で戦っている。直前の別れもある。辛い。しかし、新たな旅立ち、新天地でも更に大成長して欲しい。ルネサンスから初めて飛び出し、本部道場の景色はどう見えるのだろうか?黒帯よりも眩しいオレンジ帯っだってある。級位が上がるためだけの試験ではない。昇級審査会は戦いなのである。

大決戦の前の全ての戦いに勝つ。これら全てをパワーに変えて大決戦に臨みたい。

そして色々な場で戦っている道場生(家族)のためにも、その頂点の戦いに勝ちたい。

“大決戦の前に魔が襲ってきた。これにも勝たねば(笑)。”

決戦の日まであと13日!

10523338_709897785743915_7431532073144934071_n

新極真会特攻隊!

塚本(支部長)から電話が来た。

『アスタナは今日31℃だったそうです。短パンも持って行きましょう。』

『また二人のTシャツ作りました。今回は赤にしました。』

カザフスタンで開催される世界選手権まで二週間となった。現地は日本以上に暑いからユニフォームの短パンを持って行った方がいいですよと。そして現地で滞在中に着るお揃いのTシャツを作ったとの連絡だったのである。。

2年前ロシアで開催されたKWU世界W制大会に新極真会が初めて参戦した。翔希が国際大会の日本代表に初めて選ばれ準優勝した。第11回世界大会の丁度1カ月前だったので準備から何から、全ての面で慌ただしかったことを今でもはっきりと覚えている。代表選手は7名で監督コーチは自分と塚本の二人だけだった。そのKWU世界大会の時にも出発直前に塚本から電話が来た。

『ハバロフスクは寒いですからジャンバーを持って行きましょう。』

そして、現地でホテルに着いた時に塚本から1枚の白のTシャツを貰った。

『監督、二人のTシャツを作って来ました。良かったら来て下さい。』

胸に新極真会のロゴがあり、背中には大きく“新極真特攻隊 HEAD COACH”と書かれてあった。

勿論、選手団のユニフォームはある。選手達にも新極真会主催の世界大会ではなかったが、日本の世界大会と同じようにユニフォームを作った。道着にもALL JAPANのワッペンを付けさせた。ユニフォームというのはそれだけ大切な物なのである。日本代表の象徴でもある。選手7人で監督とコーチが自分と塚本二人だけ。そういう厳しい状況の中、ましてや初めて参戦する他組織の世界大会。A WAYで厳しい戦いになろう。塚本の意気込みが頼もしかった。自分と二人だけのお揃いのTシャツを作ってくれていたことが何より嬉しかった。大会会場では日本代表ユニフォームを着たが、ホテルで二人でいる時はいつもこのTシャツを着て過ごした。道着もユニフォームも武士の鎧である。自分や塚本達コーチ陣は大会会場で道着を着ることはない。しかし、日の丸の付いた日本代表の赤い鎧を着て選手達と共に命を懸けて戦うのである。

塚本だけではない。携帯電話の鳴らない日はない。選手達と同じように開催国と連携して事務局も最後の最後まで万端を期すため準備に余念がない。現地の気温一つで準備する物が違ってくる。言葉も習慣も何もかも違う異国の地で戦うのである。準備!とひと言で言っても、並大抵の事ではない。選手達はこの事を肝に銘じて決して忘れてはならない。この恩に報いるためにも何としてで勝って欲しい。いや勝つ為に日本選手団はこれまで強化合宿をはじめとしてやって来た。

二週間後の土曜日、大会初日が終わっている頃である。日本代表選手が全員勝ち残っている訳がない。そんな甘い勝負の世界でない。譬え何人負けようが、最後の最後一人になるまで全員で選手団が一丸となって頂点を目指す。

赤い鎧を身に纏いコーチ陣と共に、まさにHEAD COACHとなって先頭になって戦う。

必ず全階級制覇を果たす。

決戦の日まであと14日!

19029207_1387864207999574_8267966770885133789_n

出会いは奇跡を起こす!

正直、沖縄行きには反対した。やっぱり迷惑掛けるから。

今日、第1回沖縄県錬成大会が盛大に開催された。主催したのは吉田冨和支部長である。緑代表の一番弟子である。渡辺大士や森健太の先輩にあたる。啓治が福岡支部の初代師範代を務め、啓治が中国に行った後、次に師範代を任された男である。

反対はしたが、仲間から送られてくる写真を見て今は良かったと思っている。緑代表や三好副代表、新極真会の仲間と写っている時の啓治の顔を見たら心底そう思った。緑代表と一緒に写っている写真を見たら涙が出た。あんな嬉しそうな啓治の顔を久しぶりに見た。 温かく迎えてくれた吉田支部長、福岡から一緒に連れて行ってくれた地元の京築道場の皆さんに感謝の言葉しかない。啓治に頼まれて、大会直前に送った審判シャツを着た姿に、支部長の白ブレザーの制服姿に啓治の誇りを見た。 身体は不自由で空手は出来なくても、心は、魂は空手師範・支部長のままだったのである。

いよいよ決戦の時が近づいて来た。啓治は4年前、前回の世界W制選手権の時に病に倒れた。出発の日だった。啓治はあの日からずっと戦い続けているのである。 人生は戦いの連続である。生きて行くこと自体が戦いなのかもしれない。

そして、その戦いに勝つ為に武道(空手道)があるのかもしれない。

今日、空手発祥の地である沖縄で新極真会の大会が開催された。組織にとっても意義深い日となった。開催した支部長は緑代表の愛弟子である。これも意味があるのだと思う。そういう場に啓治が居合わせた。これは偶然ではなく、必然だったのかもしれない。

空手の神様っているんだなあ!と、あらためて思った。

“啓治、ありがとう!代表と会えてよかったね。”