Category Archives: 師範ブログ

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この道より 我を生かす道なし この道を歩く!

ここに二枚の写真がある。

握手をする時、本当は左手を差し出してはいけない。それは絶交を意味する。しかし、写真の主役は、右半身不随で右手が全く動かない。ひとりで歩くことすら出来ない。もうひとりの主役は、差し出した左手にもうこれ以上は下げられないという位に頭を深々と下げ、両手でその左手をしっかり握り締めている。見ただけで感動の大場面である。

福岡の実家の写真である。

弟啓治(師範)が病に倒れ命だけは取り留めたものの、その代償は大きかった。右半身不随となり言葉を失った。啓治が倒れたのは、中国上海に骨を埋める覚悟で兵庫尼崎道場の責任者を辞め福岡の実家に戻り、その時を待っていた矢先の事だった。中国遠征直前に倒れた。日本と中国の関係が冷え込み中国渡航のビザ発給が遅れに遅れ、結果的にはそれが幸いした。第5回全世界ウエイト制大会で日本選手団がリトアニアに出発する日だった。成田空港で搭乗手続きをしている時に知らせを聞いた。

長期の入院と施設でのリハビリ生活を終え、福岡の実家に戻ることが出来た。写真の一枚は、病に倒れた啓治の事を見舞うために遥々中国上海から訪れた孫師範代の写真である。右半身と言葉の機能は失ったが、生死を彷徨いながらも見事復活を遂げた師と弟子が再会を果たした感動の名場面だった。もう一枚の写真は、孫師範代に同行した上海道場草創期からの重鎮である王怜や北京道場の趙責任者、道場生達と一緒に実家の座敷で啓治を中央に皆で撮ったものだった。

特に孫師範代の頭を深々と下げる写真が印象的だった。自分が緑代表に同行して初めて中国上海を訪れたあの日から、啓治の代わりに中国支部長となり、今日に至るまで。孫師範代の言葉や行動を見た時、ズバリ!彼の振る舞いを見た時、その全てがあの写真一枚に表れているように思われる。彼の存在なくして、今の中国支部の発展はなかった。ましてや啓治師範不在の中での事である。自分が支部長代理と言っても年に二回の遠征程度である。悲しいかな!今はコロナ禍。

千葉錬成大会を無事に終えた日曜日、中国上海から一通のメールが届いた。孫師範代からだった。彼は世界大会にも出場した。自分が参段を許し、支部長にも推薦した。第一号の新極真会の中国支部長である。しかし、自分は“師範代!”と呼ぶ。緑代表がいつも啓治の事を師範代と呼んでいた様に。

『 師範へ

私 最初 空手を始まりました時は興味の為でした。 しかし 日本からの啓治師範  ただ技術教えたではなかった 義理、人生観、世界観を勉強もらいました。どの国の人間の関係なくて 政治の関係なくて この世界の中で 立派な人間をなって 周りの人に良い精神を伝えて 正しいことをやって そなの人をなりたいので 啓治師範の様の人間をなりたいので 空手の道をずっと続けでいます。

しかし 2015啓治師範は病気になった 、幸一師範は中国支部発展のため 中国に来た時から 、幸一師範を色々トラブルに巻き込まれました 。私 は自分の力が足りないを理解しました。 本当にすみませんでした。

空手の道は難しいと思いました。幸一師範からもらいましたの言葉 ”武道人生、人生武道”と”この道 しか 我が生きかす道なく この道を歩く” もっと認識しました。

中国支部の原点は奥村啓治師範と師範の奥村道場でしかない。私は 啓治師範の内弟子として 両師範の師範代として 両師範の理念を守って その理念を周りの人に伝えてが一番の大事と思います。死力達成!

幸一師範 ありがとうございます!

押忍

孫 穎傑 』

自分が中国支部道場生の総意と総本部事務局の要請により中国支部長代理となって、遠征して初めてした仕事が或る責任者の除名だった。世界有数の武術大国でもある巨大な中国。様々な武術流派が乱立する中で空手の一組織など星屑に等しい。移籍や退会は日常茶飯事。自分が中国に行くようになってからも激しい出入りは続いた。3泊4日の遠征の中で行う大会やセミナーにはいつも極真他派や他流派の先生やチャンピオン達が見学に来た。セミナーが縁で移籍して来た先生もいる。食事会に誘って新極真会の話を聞いて移籍して来た先生もいる。群雄割拠の武術大国の中国でも新極真会の世界チャンピオン緑代表と塚本支部長の名前との人気は絶大だった。

啓治師範が裸一貫で渡り、命掛けて築き上げた新極真会中国支部。新極真会に憧れて移籍を希望する者は後を絶たない。支部草創の頃からこれら移籍希望者に対して啓治師範が課している事がひとつだけある。それは支部長代理として引き継いだ自分も実行している。孫師範代もその教えを守っている。それは・・・

新極真会の白帯を締めさせることである。

たとえどんな流派の先生だろうが。どんな流派の中国チャンピオンを名乗ろうが。道場生が何人いようが全く関係ない。白帯から始めさせる。勿論、昇級昇段審査も特別扱いはしない。ただし、その人の空手歴は見る。人物は見る。

千葉南支部を夏に二度訪れた北京道場の金先生が道場生100人と共に移籍して来た時も、白帯を締めた。昇段審査だけは自分の遠征時のみに行う。二年前、極真他派の中国チャンピオンが移籍して来た。白帯を締めて昇段審査を受けた。アジアフルコンタクト大会で入賞し、見事全世界フルコンタクト大会の出場権を得た。コロナ禍でその世界選手権は二度も延期となった。この夏、孫師範代から世界選手権に備えて中国支部で作ったというユニフォームが贈られて来た。

二年前の台風の時からもう4回も遠征出来ない状況にある。孫師範代からは活動の報告や中国各道場の様子が写真やメールで送られて来る。勿論、いい話ばかりではない。ある責任者の事でこの7月相談があった。自分はこう答えた。

『啓治師範が命掛けて創った新極真会中国支部である。君はその啓治師範から信頼されて任命された師範代である。(創始者である)その啓治師範の教えを守らない人は誰であろうが処分せよ。君はまた自分の弟子でもある。自分は君を信じているから君の思い通りに進めよ。』

下にいる道場生達の事を思うと正直辛い。しかし、外してはいけない道がある。曲げてはいけない信念がある。こういう時、啓治(師範)だったらどうするか?答えは明快である。中国チャンピオンだろうが関係ない。世界大会の選手であろうが関係ない。啓治師範が命掛けて創った中国支部。心を鬼にして守らねばならない。道場の経営問題、金銭問題、人間関係、処分。日本でもある。支部長の運命!一番辛い瞬間である。

収束の目途すら立たず、いまだ感染拡大が続く厳しいコロナ禍。こんな中で迎えた入門40周年と常設20年の佳節。これも何かの運命である。多くの別れもあったが、逆に多くの出会いもあった。白帯の道場生達と一緒に稽古するだけで力が沸いて来る。また、この様な状況の中で開催した千葉錬成大会。これも何か意味があるのかも知れない。いや、何か活かさなくてはいけない。自分の二つの佳節の年に、偶然にも自分が極真空手入門のきっかけともなった劇画「空手バカ一代!」が創刊50周年とも重なった。往年活躍した極真のレジェンド、大先輩の師範方が出演する特集番組が最近あった。その中の緑代表のインタビューに感動した。また共鳴した。大山総裁、極真空手との出会い。第4回世界大会の後に一度は引退したが、第5回世界大会の年に大山総裁が奄美を訪れた話と続く。緑代表は語る。

『大山総裁と出会う事がなかったら。極真空手と出会う事が無かったら、今の自分はありません。』

自分とて全く同じである。

空手バカ一代で大山総裁を知り、極真空手に憧れた。いつの日か東京に行って、大山総裁の下で極真空手をやりたいと誓った。大山総裁に出会う事がなかったら、極真空手に出会う事がなかったら今の自分はない。そして、第4回世界大会に出る事がなかったら今の自分はない。

千葉錬成大会の夜の孫師範代からのメールに感動した。啓治(師範)を見舞った時のあの深々と頭を下げる写真を自然と思い出した。何も変わっていないなあと思った。中国遠征で各地の道場を回る。その全ての道場に緑代表の写真がある。そして、“奥村道場”の看板がある。孫師範代の意である。中国支部を任せられる男はこの男しかいない。その夜、団結の旗の写真を添付してこう返信した。

『啓治師範が命掛けて築き上げた新極真会中国支部をこれからも頼むぞ!君はふたりの奥村師範の師範代だから!』

実家の座敷に飾られてあったあの道の教え!それは父の教えでもあった。その教えをこれほどまでに実直に感じている男を日本でも見たことがない。厳しいコロナ禍の状況の中で迎えた佳節の7月、一通のメールに心和んだ。そして、あらためて誓った。

この道より 我を生かす道なし この道を歩く!

 

加曾利屋チャンピオンと

お疲れ様でした!

千葉錬成大会の後、厳しいコロナ禍の中で参加協力してくれた塚越先生の慰労と御礼を兼ねて、自分の癒しのスポットに案内しました((´∀`))
癒しのスポット其のⅠ
その名もズバリ!「みどりの湯!」千葉市内にある正真正銘の天然温泉。初めて行った時は、思わず心の中で押忍!と言いながら胸十字を切ってしまいました((´∀`))
ふたりでゆっくり温泉に浸かり大会の疲れを取り、次に向かった所は・・・
癒しのスポット其のⅡ
道場から歩いて2分。週に2,3度は訪れる愛して止まない中華&定食の店「加曾利屋!
お勧めは何ですかと聞かれたので、担々麺と肉チャーハン、そして中華冷麺と餃子2枚を注文。世界チャンピオンの食欲に大将も女将さんも驚いていました。今回は留守番だった奥様には、美味しいお勧めの一品料理をお土産に持たせてあげました。帰りに大将を囲んで記念撮影。勿論、亀さんと「書」の前で((´∀`))
塚越先生、次は合同稽古会の後でまた行きましょう。お疲れ様でした。
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決戦の時、来たる!

大山総裁は仰せである。

『個人にとって最も重要なものは努力である。では組織にとってもっとも大切なことは何か。私は“和!”だと考える。・・・和合を支えるものが団結である。』(大山倍達総裁著書「わがカラテ覇者王道」より)

本日、一年半振りの千葉錬成大会を開催します。いまだ新型コロナウイルス感染拡大が続く厳しい状況下にはありますが、分支部長を始め道場生達と共に、心ひとつで、一致団結して、大会運営に臨みたいと思います。初めて経験する無観客試合となりました。選手並びにご父兄の皆様には、制限が多く何かと不自由をお掛けするとは思いますが、安心安全な大会を開催するため何卒ご理解とご協力のほど宜しくお願い申し上げます。コロナ禍の中でありながらも入門した道場生の皆さん、これまで精進を続けて来られた道場生の皆さん、千葉錬成大会に参加して頂きまして本当にありがとうございます。心から感謝します。

選手の皆さんの健闘を心からお祈りします。

最後になりましたが、日本代表選手団で十数年に渡り共に戦って来た我が盟友、第9回世界チャンピオン塚越孝行千葉北支部長には、厳しい状況の中にもかかわらず参加協力して頂き誠にありがとうございます。心から感謝申し上げます。押忍

令和3年7月25日 千葉南支部長 奥 村 幸 一

“天の時は地の利に如かず 地の利は人の和に如かず!”