Category Archives: 師範ブログ

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「智性」と「知性」の違いは?

少年部のお母さんとの会話がきっかけで道場訓の「修行」と「修業」の違いを学ぶ機会を得た。道場訓をよく見ると、大山総裁の著書には「智性」とあるが、会員手帳には「知性」とある。

という訳で・・・

【空手用語豆知識第2弾】

智性」と「知性」どちらが正しいか?違いは?

答えから言うと、どちらも正しいです。

『当用漢字表にない漢字を含んで構成されている漢語について、同音の別の漢字に書き換えるための指針として、国語審議会が昭和31.7.5に報告した「同音の漢字による書きかえ」で、智→知..と書き換えるようになりました。

智→知..智慧→知恵..智能→知能..智謀→知謀など

また、「当用漢字表」を受け継いだ最新の「常用漢字表」にも「智」は掲げられておらず、「智→知」の書き換えが行われています。

≪参考までに≫

「知」は、新聞、雑誌、テレビなどで得て情報を知っていること、つまり知識を表し、

「智」は、知に「曰(いわく)」がついて、自分が知っているだけでなく、その情報の本質を見抜き、自分の意見としてずばりと言うというニュアンスの違いがあります。

これまた少年部のあるお母さんがひと言“当用漢字かどうか?じゃないですかね~!”と言っていましたが・・・

ズバリその通りでした。

千葉南支部の少年部のお母さん方は凄い!!

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旅立ちの時

ある少年部のお母さんから尋ねられた。道場訓7番目の修行と修業はどちらが正しいのですか?

道場HPのトピックスに内容は掲載したのでここでは詳細は書かないが、いい勉強の機会になった。大山総裁の著書には修業と書かれているし、会員手帳は修行とある。どちらも正しいと思う。最後は大山総裁に尋ねる以外にない。

長い休館期間に道場開設以来の大掃除と事務所の資料や本などの大整理整頓を行った。宝物殿から出るわ出るわ!懐かしい宝の山の数々。極真時代の懐かしい写真に始まり大会ポスターや空手雑誌。初代桃太郎のお母さんから贈られた兜の色紙。特に、久しぶりに目にする熊本研修時代に買った大山総裁の著書。大山総裁の言葉が心に沁みて響き渡る。思いもよらず空手の師範になった。空手に携わり、58歳になって、今だからこそわかる事が沢山ある。現役の頃はただ強さだけを求めていたから、目にも留まらなかったことも沢山あったと思う。

熊本で過ごしたあの研修時代の1年がなかったら今の自分はなかったかもしれない。大山総裁の著書を買い漁った。大山総裁の著書を読んだことで「宮本武蔵」に出会った。宮本武蔵が晩年を過ごし、あまりにも有名な「五輪書」を書いた熊本に自分は偶然にもいた。道場生達は誰も知らないだろう。稽古の後に唱和するあの道場訓!実は大山総裁に乞われて、宮本武蔵の作家である吉川英治先生が大山総裁の草稿を監修して出来上がったものであることを。

宝物殿から見つかったもののひとつに、80㎝ほどの筒があった。一見してポスターが入ってたものだとすぐ分かる。あて先は自分が1年間過ごした熊本の税務大学校研修所だった。大山総裁のポスターを通信販売で買った時のものである。入門前の18歳の時である。研修所時代も千葉に来てからも独身寮の6畳一間の部屋に貼って入門の日を夢見て稽古をしたものである。弟啓治が上京して来た時も必ず一緒に稽古した。6畳一間の奥村道場で。

その40年前のポスターが今は道場にある(笑)。

吉川英治先生の書かれた宮本武蔵の全巻を買い心躍らせながら読んだ。著書で知ったが、大山総裁が初めて宮本武蔵を呼んだのも二十歳前だった。山籠もりの修行の際には宮本武蔵の本を持参して厳しい修行に耐えたと書かれてあった。熊本時代に宮本武蔵の映画を見た。良すぎるほどのいいタイミングだった。萬屋錦之介さんが演じる宮本武蔵に憧れた。益々宮本武蔵が好きになった。それはイコール大山総裁であり、空手だった。極真空手を絶対やろうという決意だった。宮本武蔵の本の中で好きなシーンが幾つかある。生涯の師とも言える沢庵和尚との出会いと薫陶。柳生石舟斎との出会い。石楠花のシーン。一番好きなのは、武蔵を慕うお通を振り切って生涯を剣の道に進む決意をする場面である。暴れん坊だった武蔵は沢庵和尚にお城の牢屋だったか?開かずの間に幽閉させられた。そこでかつての悪事や夢に出てくる落ち武者や幽霊に悩まされる。煩悩との戦いである。仏法や沢庵の教えで武蔵は成長、3年の後お城から出て・・・その決意の場面が登場する。これこそ自分が東京行きを決心させたシーンでもある。このシーンの原文を書いた当時の税務大学校の原稿用紙が宝物殿から出て来た。ポスターの筒以上にビックリした。

孤剣!たのむはただこの一腰。武蔵は手をやった。「これに生きよう!これを魂と見て、常に磨き、どこまで自分を人間として高めうるかやってみよう!沢庵は、禅で行っている。自分は、剣を道とし、彼の上にまで越えねばならぬ」と、そう思った。青春、二十一、遅くはない。

大袈裟に真似して拳の道に進もうなどとはおこがましくて言えないが、極真空手を絶対やろうと思ったのは間違いない。一度きりの人生!後悔したくない。極真空手をやりたい。大山総裁に合いたい。との思いだけだった。

旅立ちの時!夢があれば怖いものはない。若さは夢と希望の原動力でもある。失敗を恐れるな。前を見よ。より高みを見よ。自分の人生は自分で拓け!!

人には必ず使命がある。

この道より我を生かす道なし この道を歩く!

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社会に協調してこそ

本当なら今週末、今頃は富士にいた。フルコンタクト空手界が大同団結して初めて開催される全世界フルコンタクト空手道選手権大会。その日本代表選手団の強化合宿とやはり全日本フルコンタクト大会に向けた共催のU-22強化合宿が富士緑の休暇村で行われる予定だった。しかし、中止となった。3月は多くの行事が中止・延期となった。

3月11日までは全国の支部道場も一斉休館となった。

稽古は出来なかった。しかし、その代わりに出来た事もあった。9月の台風がきっかけで自宅の片づけに合わせて始めた事務室の整理整頓!この一斉休館の間も続けた。お陰で加曾利に引っ越して来て以来の大掃除と整理整頓が出来た。20年振りに目にするものもあった。大山総裁の著書を始め現役時代の写真アルバム。はたまた公務員時代の辞令。紙切れ一枚で転勤と職務が変わった。極め付けは何と言っても、初代桃太郎の母から骨折した時に贈ってもらった「兜の色紙!」だった。まだまだたくさん宝物が出てきた。道場生達には稽古が出来なくて大変迷惑をかけてしまったが、この一斉休館で事務室の整理をすることがなかったら思わぬ場所から宝物を発見することはなかった。

自分が空手を志すきっかけともなった大山総裁の若き日の修業時代を描い劇画「空手バカ一代!」。この休館中に第1巻を読んだ。YouTubeで第1話も見た。大山総裁は特攻隊に所属、飛び立つ前に戦争が終わった。敗戦の焼け野原で夢も希望もない荒れ狂った生活の中で唯一の光明を見つけた。それが空手だった。そういう日々の中で「正義なき力は無能なり!力なき正義もまた無能なり!」と悟った。大山総裁が飛び立つ予定だった基地は、鹿児島の知覧だった。昨年の6月に日本代表強化合宿の際に訪れた。TVアニメのオープニングにも登場するが、大山総裁が進駐軍から逃れてひとり修行した場所が、山梨県身延山の久遠寺だった。第11回世界大会の日本代表選手団強化合宿の時に必勝祈願で行った。場所は違ったが滝行もした。小学生の頃に憧れた漫画の歴史を今自分が歩いていることに改めて気が付いた。

この一斉休館で休んだ日々を無駄にしてはいけない。身体が鈍っただけだと単純に終わらせてはいけない。空手がどれだけ好きか見つめ直すいい機会であったのではなかろうか。強化合宿は中止となってしまったが、今できる事を精一杯やるだけのことである。もし合宿に行ってたら。もし大会に臨むとしたら。万全を期して臨むはずである。だから道場再開においても全く同じである。各々が自覚を持って感染(拡大)予防に万全を期して稽古に臨んで貰いたい。これから社会に出ても同じである。目の前の事を全力で取り組む。社会の一員として。組織の一員として。国民のひとりとして。大会はあるが。大会は大事であるが。道場の挨拶や稽古とはそういう時のための訓練だとも思う。挨拶も稽古も社会の実戦で役立たなければ意味がない。それが武道であると自分は思う。社会に協調してこその武道である。

 社会に活かしてこその武道である!

一般部に続いていよいよ来週から桃太郎達も戻って来る。少年時代に憧れた空手バカ一代!その空手を今は自分が道場を持ち教えている。あらためて思いを噛み締めながら稽古しようと思う。千葉に来て良かった。第三希望だったけれど千葉に来て本当に良かった。実はこれが間違いだったとは・・・今回、間違いに初めて気が付いた。熊本の研修所を卒業する直前に書いた勤務地と職務の希望を書く「身上申告書」。千葉は第三希望にも載っていなかった。

千葉の千(ち)の字も載っていなかった(笑)!

ただ言える事がひとつだけある。その場所を都(みやこ)にするもしないも自分次第である。