Category Archives: 師範ブログ

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覇気がない!其のⅡ

“覇気がない!”

2週間前の少年部選手クラスの稽古の時に桃太郎達に言った厳しい言葉。

そんなブログを書いた翌日の稽古、翔希が自主トレを終えて事務所に挨拶に来た。7月に結婚、奥さんを紹介したいので来週連れて来るとのこと。翔希も成長したなあと世界大会の雄姿が自然と思い出されていた。それから記憶がだんだんエスカレートして・・・とんでもない悪夢を思い出してしまった。実は、自分も昔ある人から“覇気がない!”と言われたことがあった(告白)。

第11回世界大会の年の事だから5年前である。2015年の10月、丁度世界大会の1カ月前、新極真会が組織として初めて他団体(KWU)が主催する世界選手権に参戦することとなった。組織の威信を掛けた絶対に負けられない結果が求められる重要な大会だった。翌11月の新極真会の世界大会の日本代表選手以外での代表選手選抜、次の世界大会を睨み若手有望選手7名を選抜した。その中に幸運にも翔希が選ばれた。代表選手には日の丸を付けさせ、ユニフォームやブレザーも用意した。現地では日本領事館を表敬訪問するなど組織にとっても意義深い大会となった。

開催地はロシアのハバロフスク、出発時間の関係から羽田空港近くのホテルに前泊し早朝5時ホテルロビーに集合となった。三好副代表とホテルに着いたら一緒に食事でもしようと約束し、夜の7時にはホテルに着いた。ホテルで三好副代表と合流して、さあ出かけるぞと部屋の前の廊下で話をしていたら、話し声を選手達が聞きつけ、全員廊下に出て来て挨拶された上おまけに見送りまでされた。黙って出掛ければいいものを、翔希はじめ選手達に偉そうにこう言って出掛けた。

“明日は朝早いから、早く寝て寝坊なんかするなよ!”

これが、悪夢の始まりだった。おまけに見送りする選手達の写真までバカチョン携帯で撮っていたとはつくづく阿保である(笑)。

ホテル近くで済ませればいいものをふたり揃えば行く店は決まっている。南青山の宮崎地鶏の店「きばいやんせ」に直行した。新極真会を代表して日本選手団の審判員として一緒に遠征する藤原師範はもう先に来ていた。全て約束通りだった。東京での理事会や大会後の打ち上げは大体きばいやんせと決まっている。遠征前だったが、途中からきばいやんせの大将も同席しいつもの通り、いつも以上に大いに盛り上がった。ただいつもと違ったのは、いつもは大会期間中か大会後だったが、今回はズバリ!前だった。早朝出発の大事な海外遠征の前の晩だった事。・・・いや日が変わり当日になっていた(笑)。いつもはきばいやんせで宴は必ず終わる。今回は何故だか違った。盛り上がり過ぎた。隣の席の常連客の人達とも盛り上がり、歌いに行きましょうという事になり、近くの大将行きつけのスナックに行った。自分は何を歌ったのかさえ記憶にない。3人でホテルに戻ったら朝の4時だった(驚)。ロビー5時集合なのに4時!F師範はチェックインさえしていなかった。もう1時間もないから寝れませんねえと言いながら部屋に戻った。チェックインして直ぐに出掛けたので荷物整理の必要がなかっただけでも良かった。恐れた事が現実となった。知らぬ間にそのまま寝てしまったのである。部屋の電話が鳴ったので受話器を取ったら三好副代表だった。ぽつりとひと言。

「奥村、やっさんとタクシーで来い!」

自然に意味も分からず“押忍!わかりました。”と言って時計を見たら5時過ぎていた。思わず“ウワー!”と大声で唸ってしまった。不思議である。あんな時ってホント大声出るんですね(恥)。自分の大声で目が覚めた。直ぐにロビーに行った。F師範と一緒にタクシーで羽田空港に向かった。奥村がいてくれて良かったよ!自分もです。ひとりじゃくて良かったです。ふたりの絆が深まった瞬間だった(笑)。F師範が大きく見えた。空港に着いて肩を落としてボストンバッグ引きながら、皆の待つ集合場所に向かった。F師範が寂しそうにぽつりと言った。

「奥村、俺達終わったなあ!」

小声で押忍!と答えた。集合場所に行くと皆が仁王立ちで待っていた(仁王立ちに見えた)。誰も何も言わなかった。選手達の視線が冷たかった(そう感じた)。M副代表も電話で起こされたらしい。髪もセットしないで急いで空港バスに乗ったらしい。空手人生で最大の失態だった(悲秘)。乗り継ぎで韓国で時間調整。その時に緑代表にひと言。

“覇気がないですよ!”

押忍!としか答えようがなかった。これから敵地に乗り込むんですよ。監督、しっかりしてくださいね。そんな風に聞こえた。大いに反省した。言い訳を少しすると疲れていたのかもしれない。いやそんなことはない。実は出発日の前日、つまり前泊の日、翌年2月のU-22強化合宿の打ち合わせで千葉トレーニングセンターに行った。それが無事終わり、ちょっと達成感もあったのかもしれない。緑代表に言われたからではない。言われなくても現地に着けば自然と闘志ムラムラ気合いが入った。ホテルでコーチの塚本(支部長)に、喧嘩に来たんですよねと言われた。そうだよ!そして、“新極真会特攻隊!”と背中に書かれた白のTシャツを貰った。わざわざこの日のために2枚作ってきたと。塚本らしいと思った。ふたりでガッチリ握手。勝利を誓った。極真系列のフルコンタクト空手の団体が幾つも参戦してた。元をたどれば、皆大山総裁の弟子だった。大山総裁が亡くなり極真会館は分裂はしたが、あらためて大山総裁の偉大さと残した功績の大きさを痛感した。大会期間中、会場でもホテルでも緑代表と塚本の人気は絶大だった。緑代表の扱い対応は別格だった。コーチは塚本ひとりだったのでいつも一緒にいたが、何処へ行っても他団体の選手や支部長達に握手やサインを求められていた。真のチャンピオンだと思った。これが新極真会の凄さ・実力だとも思った。自分に言わせれば、もう戦う前から勝っていた。そして、いよいよ組織の威信を掛けた激しい戦いが始まった。新極真会日本代表選手達が世界の舞台でその実力を示す時が来た。

男子9階級と女子5階級で世界一の覇が争われた。日本選手団は強かった。緑強志選手が-75㎏級で優勝、翔希も-95㎏級で見事準優勝した。新極真会の選手は7名が参戦し、優勝1、準優勝2、3位2。他流派の選手も5名が入賞した。新極真会海外勢もリトアニアやカザフスタンを中心に強かった。新極真会強し!!を世界に証明した大会となった。勝負の世界に“たら・れば”は禁句であるが、もし11月の世界大会がなく日本代表選手をBESTメンバーで臨んでいたら多分全階級制覇していたと思う。各階級の表彰式の時、緑強志選手に緑代表が優勝メダルを首に掛けるシーンには感動した。ワールドカップ・リトアニア大会や全日本W制大会での敗北などこれまでの試練や世界チャンピオンの長男として、また組織の代表の息子として数々のプレッシャーと戦ってきたことを想うと熱いものが自然と込み上げてきた。誰が声掛けるともなく表彰式の後、新極真会海外支部も一緒に壇上で集合写真を撮った。世界大会や国際大会では有り得ない光景に新極委真会ファミリーの絆の強さを感じた。

今はコロナ禍で強化合宿や海外遠征、国際大会が軒並み中止か延期となり、昨年の9月から全く海外に行っていないが、あの頃は毎年海外遠征があった。KWU参戦のロシアの前年はマス大山メモリアルカップでハンガリー、その前年はワールドカップでリトアニア遠征。リトアニア大会の時に弟啓治(師範)が倒れ、その翌年から中国支部長代理として年に2回の中国遠征が始まった。遅刻も寝坊も許されない緊張の海外遠征の連続だった(笑)。

遠征に向かう時は大失態をやらかし失意のどん底だったが、新極真会の大勝利と日本選手団の大活躍に帰りは元気一杯だった。かな?入賞選手達のドーピング検査が長引き、大会打ち上げのレセプション会場に着いた時、緑代表や副代表はホテルに戻る所だったのでゆっくり話す機会がなかったが、選手達とは色々ゆっくり話すことが出来た。今回のKWU遠征の経験を生かして次の世界大会を目指すように励ました。帰国の便も途中乗り継ぎがあった。空港待合室で代表の音頭で缶ビール1本で皆で祝杯を挙げた。丁度飲み終えた頃合いに、緑代表が自分の椅子の横に来て座った。そして、自分のヒザを軽くポンポンと叩きながらこう言った。

「奥村さん、お疲れ様でした。もう一本行きますか!」

押忍!出発直前の大失態で気落ちしている自分に、“覇気がないですよ!”と言われた事が嘘のように優しかった。選手達のお陰である。第4回世界大会を日本代表選手として共に戦い、支部長になってからも一緒に戦って来たいわゆる失礼だが同志でもある。あのひと言は、失敗は失敗としてこれから組織の威信を掛けて日の丸を背負い戦地に赴くのに、監督の奥村さんが元気がなかったらどうするんですか?という励ましだったんだと理解した。言われた時は反省!反省!猛省!でそんな緑代表の心中を察する余裕はなかった。強志はじめ翔希や日本代表選手達の活躍のお陰で美味しいお酒を飲むことが出来たのである。

羽田に無事?到着。深夜の到着で東京在住者は帰ったが、事務局がホテルを取ってくれていた。出発前と同じホテルだった(笑)。チェックインした時、三好副代表が小林副代表にこう言った。

「先輩、選手団頑張ったからお祝いと奥村の慰労会やりましょうよ!」

複雑な気持ちだったけれど嬉しかった。さすがにきばいやんせまで行かなかったが、ホテル近くの居酒屋で4人で最高の祝杯を挙げた。半分は出発前の話で盛り上がった。ここでは語れない数々の光景の話やその度に名言が飛び出し、祝勝&慰労会は大いに盛り上がり、旅の疲れを癒すことが出来た。いつもながら大山総裁の直弟子として極真会館総本部の黄金時代を支えた3人の師範方とご一緒できるだけで嬉しかった。総本部時代の先輩後輩っていいなあとその時も思った。大勝利もあったが、やっぱり仕事(遠征)を終えた後の仲間とのお酒は美味しいなあと思った。今思い出しただけでもぞっとするが、いい思い出である。こういう師範方の存在があってこそ今の新極真会があることを忘れてはいけない。だから、7月11日の組織名刷新の新極真会誕生の歴史を知って欲しいである。

チャンピオンになることも大事だけど、道場で一緒に泣いたり笑ったりできる仲間を作って欲しい。できれば生涯付き合いが出来るような仲間を作って欲しい。道場は心・技・体を鍛える所ではあるけれど仲間を作る所でもある。一般部だけではない。壮年部も女子部も。少年部然り。自分はそう思っている。

もう桃太郎達に“覇気がない!”とは言わないようにしよう。悪夢を思い出すから。単純に“元気がない!”にしよう。KWUロシア遠征の大失態、瑠偉や里桜にはばれないようにしなくては・・・益々嫌われてしまうから(内緒)。

悪夢は再びありました。国内でしたが寝坊してる間に飛行機行ってしまいました(秘)。

雑巾・軍手・梅がゆは、里桜ちゃんがジャンケンで勝ってGETしました!

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火とは戦いの様(さま)である!

火とは戦いの様(さま)である。炎となってわが全身全霊を燃え上がらせること。勝負の妙諦はこれに尽きる。火とは、すなわち戦いの本質である。・・・一撃必殺の剣法として恐れられた薩摩示現流において、・・・必殺の気迫とは、水を沸騰させる茶釜ではまだ足りぬ。最後の水一滴も霧散せしめ、自身が真っ赤に灼熱し、触れるものすべてを焼き尽くすほどになってこそ人が斬れる・・・』大山倍達総裁著書:昭和五輪書 火之巻

空手バカ一代に憧れ、その主人公が実在の人と知ってからは兄弟二人で極真病になってしまった。いつの日か入門する日を夢見て、実家近くの闘魂神社で空手の真似事をして過ごした日々。とは言え、世の中甘くない。現実は厳しいものである。弟啓治(師範)は国鉄に就職。自分は公務員試験を受けて熊本へ行った。だから卒業後、一発で上京した訳ではなかった。職場の研修所があった熊本の地が運命を変えた。剣豪宮本武蔵が晩年を過ごし、あまりにも有名な兵法書「五輪書」を書いたのが熊本だった。給料を貰う度に市内の本屋で大山総裁の著書を買い漁った。そして、大山総裁が昭和の宮本武蔵を目指していたことが思いに拍車を掛けた。自然と宮本武蔵に興味が沸いた。そして、吉川英治先生の著書「宮本武蔵」を読んで上京を本気で決意した。「宮本武蔵」のあの一説が極真入門のための上京を決意させた。宮本武蔵が幽閉させられた城から出て、剣の道に生きる決意をするシーンである。

『・・・孤剣!たのむはただこの一腰。武蔵は手をやった。これに生きよう!これを魂と見て、常に磨き、どこまで自分を人間として高められるかやってみよう!沢庵は、禅で行っている。自分は、剣を道とし、彼の上にまで越えねばならぬ。と、そう思った。青春、二十一、遅くはない。』宮本武蔵 地之巻編

大袈裟に拳の道に生きようとまでは思ってはいなかったが、仕事は仕事、それはそれとして、ただ仕事だけして終わる人生が嫌だった。男として生まれたからには、ただ純粋に強くなりたかった。たった一度の人生!小さい頃から憧れだった空手をやってみたかった。もし女に生まれていたら多分ダンス習って宝塚!を目指していたかも(笑)。だから自分にとっては大山総裁は勿論であるが、宮本武蔵、その中でも五輪書は特別なものだったのである。大山総裁の数ある著書の中で何が一番好きか?と訊かれたら、間違いなく「昭和五輪書」と答える。現役時代は地之巻しか持っていなかったが、支部長になってから天から残りの四巻(水之巻・火之巻・空之巻・風之巻)を授かった。この「五輪書」がらみで、現役時代に忘れられない思い出がある。 それは第3回世界大会の会場だった。その前年に夢にまで見た全日本大会初出場を果たし、初めて観戦する極真最高峰の世界大会だった。ある黒帯の先輩が、“大変だ!大変だ!”と道場生が集まる所にやって来て言った。 「奥村が本に出てるぞー!大山総裁の写真集に!」 一同騒然となった(笑)。この世界大会の年に大山総裁は60歳となった。宮本武蔵が五輪書を書き始めたのが齢60の年だった。宮本武蔵が五輪書を書いた同じ年に、その記念に刊行発売された写真集だったのである。その意義深い記念の写真集にな、な、何と!に自分が載っていたのである(驚)。誰かがその本を買って来た。 大山倍達 写真集 空手 極限の世界

宮本武蔵の「五輪書」になぞらえて、大山総裁の修業時代から世界大会や全日本大会など極真空手の歴史を綴る「地・水・火・空・風」の五部構成から成る写真集だった。その中の火之巻では、第3回世界大会の日本代表選手の選抜戦として前年に開催された第15回全日本大会の写真が収められていた。その火之巻のなんと1ページ目に見開きで自分の試合が載っていたのである。だから皆が驚く訳である。初出場の大会で、しかもその1回戦の試合だったので自分でも驚かずにはいられなかった。さっそく写真集を買った。記念にと二冊買った。日本語版と英字板の。本当はよく覚えていないが、事務所の本棚に二冊あるので多分そうなんだろう(笑)!

コロナ禍で道場休館中に「昭和五輪書 地之巻」を久し振りに読み返した。若い頃に読んだ時とは、違った感じがしてならなかった。平時ではない状況、58歳にして、今だから響くことばかりだった。経験が大きいのだろうと思う。続いて数年前に天から授かった「水之巻」を読み上げ、先週あたりから第3巻の「火之巻」を読みだした。この火之巻を読みながら、三十数年前に世界大会の会場で買った件の写真集を思い出したという次第である。また地之巻、水之巻を読んだ時はあまり気にも留まらなかったが、この火之巻を手にした時、本のサブタイトルに思わず目が留まった。即ち、 昭和五輪書 火之巻「不動不屈の覇気とは何か」

不動心の不動である。不屈の精神の不屈である。そして、覇気!もう読む前から心が躍った。

『・・・覇気とは何であるのか。本来、覇気とは「王道」に対する「覇道」から出たことばである。つまり、人徳をもとにする政道を王道といい、覇道とはこれに対して、武力・権謀を用いて国を治めることを指す。覇者とは、力をもって天下を制した者であり、覇気とはこの覇者たらんとする激しい野心を意味する。・・・』昭和五輪書 火之巻

つい最近の桃太郎クラスの話である。あまりに少年部達が気合いが入っていないので“覇気がない!”と言ったばかりだったから尚のこと驚いた。もう朝練に出さない!と。“覇気!”の字と意味を調べて来るように宿題を出した。内心で宿題をして来たら、富津の少年部と一緒に朝練出そうかなと後から思った。しかし、誰も宿題を持って来なかった(内緒)。中には調べたが土曜日の稽古の時、宿題を持って来るのを忘れたらしい。持って来なければした事にはならない。まあ奥村師範の指導だからこんなもんだろうと思った。自分は学校の先生ではないので宿題やってきたかとは聞かなかった。同じ日、一般部稽古の時。毎日来る黒帯と茶帯にも宿題を出した。今、暮れの昇段審査に向けて受審者が型や移動の稽古を必死でやっている。太極の型と平安の型のそれぞれの(演武)時間を型DVDで調べて来るように言った。ふたりとも宿題をして来なかった。正直言うと、宿題やって来ない事よりも師範の言い付けを行わない事に驚いた。自分にも道場生時代があっただけに考えられなかった。押忍が、おす!かオッス!の押忍だった。昔の奥村師範と戦う前にもう負けていた。やっぱりこの時も自分の方からは宿題してきたか?とは聞かなかった。調べて自分に報告するのを忘れたのならそれでいい。昇段目指して頑張る先輩とこの同じ機会に学んでもらえればとの思いだったが。自分が型のタイムを知りたかったのではないから。そんな事はもう10年前にしている。ドリームカップで型競技が始まった時に、とっくの昔に確認している(内緒)。

著書のサブタイトルではないが、世界大会日本代表選手などにプロレスのリングネームみたいなマスコミが付けた選手のキャッチフレーズみたいなものが あった。三好副代表は大和魂の男。木元師範は静かなる闘将。外舘師範は北の武人。他には城西の爆撃機。格闘マシーン。城南のハリケーン。皆かっこ良かった!大和魂の男、最高である。奥村師範は、“極真根性男!”根性の男・・・最悪だった。嫌で嫌でしようがなかった(内緒)。一時期は千葉の猛牛二世と呼ばれていた。全日本入賞の白石先輩の後輩だったので。先輩には失礼だが牛も嫌だった(極秘笑)。塚本は極真の革命児。ヴァレリーは神童。かっこ良過ぎる。自分は根性と牛(悲)。でもあの組手スタイルと顔じゃあしようがなかった(納得)。

大山総裁は仰せである。

『努力や根性という言葉を古めかしい言葉と思ってはいけません。努力と根性なしに君達の大きな夢を叶えることはできません。お父さんとお母さんがいて君達が生まれたのです。両親の存在があって君達の存在があるように、弛まない努力と何ものにも屈しない根性があって夢が叶うのです。』空手バカ一代記CDから

偶然にも30数年前の宮本武蔵の五輪書になぞらえて刊行された写真集に自分の戦いが掲載された。火とは戦いの様(さま)である。その火之巻の巻頭に。今振り返って、光栄なことであるとしみじみ感じる。初めて世界大会を観戦し、自分も世界の舞台に立ちたいと思った。本気で思った。それこそ火の玉となって猛稽古して夢を掴んだ。自分の戦いの様(さま)を誰かが、極真根性男と名付けた。今は、素直に光栄なことと思っている。根性の男!大いに結構である。はっきり言おう。根性がなかったら夢は叶わない。努力しなかったら夢は叶わない。覇気のない稽古では強くならない。他人(ひと)から言われて気合いを入れているようでは強くならない。気迫!裂迫の気合い!世界大会前の記者会見の席でひと言づつ挨拶があった。自分はこう言った。

“世界一の気合いで頑張ります!”

道場に来た時の挨拶。不動立ち。返事。これが覇気の始まりである。また、こうも思う。気合いとは、情熱!の異名なり!だから選手団監督の命が下った。

本当は誰にでも分かっていることである。難しい事ではない。それが出来るか出来ないか!本気でやるかどうか!現役時代、もう昔の事だからよく覚えていないが、不動立ちを注意されたことなど一度もなかった。先輩に、気合い入れろと注意されたこともない。毎日が試練のようなものだった。いつ決闘になるか分からなかった。

不動立ち!一回教えて貰ったら、先輩の姿を一回見たら出来なくては・・・年齢、帯の色なんて全く関係ない。目の前に誰がいるか?・・・要はそういう事である。

再来年1月には自分も同じ齢、還暦となる。何故だか大山総裁の言葉がビンビン入ってくるから不思議である。著書を読めば読むほど響いて来るのである。以前はこんな事はなかった。いよいよ天に昇る時が近づいてきたかな(笑)。ここをクリック☞『空手 極限の世界』解説

 

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名刀 迷刀?…紫正!

『極真カラテは勇気のカラテである。すなわち敵と向かい合ったならば一歩でも二歩でも前へ進み、敵と我との間合いを詰めていくことをわがカラテは特色としている。・・・敵の攻撃を恐れずに相手の間合いに飛び込むこと。これこそが勝負における必勝の理であると同時に、「極真」の道を進む者に何事にも屈しない真の勇気を与え続けてきたのである。「受け身」であっては決して勝負に勝つことはできないのだ。以上述べたことは、必然的にわがカラテが「先手」を前提としていることにつながる。すなわち、すべからく勝負は「先手必勝」なのである。・・・』大山倍達総裁著書:昭和五輪書 火之巻

7年8カ月続いた安部内閣から菅内閣へと新しい内閣が誕生した。

ある政治評論家が言っていた。

「総理の座を掴むには、“天・地・人!”の3要素が必要になる。天の時=運、地の利=立場、人の和=数です。菅氏には全てがあった」 歴史を紐解けば“総理になれなかった男たち”には、3要素のいずれかが掛けていた。

政治の事はよく分からない。興味もなくもないが。ただ孟子の教えに譬えて論評していたので印象に残った。納得もした。第12回世界大会でユースジャパン戦士達が日本代表選手となり、男女W優秀を成し遂げた時、この大勝利は、ユースジャパンの歴史の上に立っているのだと思えてならなかった。そして、“天・地・人!”の孟子の教えが自然と思い浮かんだ。いや今だからはっきり言うが、日本代表選手団が全て決まった時から、今回は“天の時!”なりとの思いで世界大会に臨んだ。強化合宿然りである。

即ち、日本代表選手が全員ユースジャパンの選手となった。伝統継承!のテーマの名の下にユースジャパンが始まって15年。この時こそ、ユースジャパン戦士の手で王座死守!と王座奪還を成し遂げねばと心に誓った。メンバーを見てもチャンスだと思った。まさに“天の時!”であった。無差別の世界大会は空手母国である日本で開催される。正直海外勢よりも地の利はある。会場を満員に埋め尽くした大観衆の皆様が、日の丸の小旗で応援する様を見た時は感動した。熱い闘志が漲った。まさに“地の利!”を得て掴んだ勝利だった。戦ったのは選手団だけではない。事務局をはじめ、いつも強化合宿でお世話になる富士緑の休暇村さんやJTBさんの存在あってこそ、強化合宿が成功し最強の日本選手団が結成されるのである。日本中の新極真会の道場生や関係者が一丸となって、すなわちALL JAPANで戦って掴んだ大勝利なのである。まさに“人の和!”の勝利であった。

天の時は地の利に如かず 地の利は人の和に如かず!

菅総理大臣の就任挨拶にも感動した。新しいリーダーに期待したいと心から思った。

「自助・共助・公助・絆!」

組織はリーダーで決まるから!

今日の昇級審査会は人数が少なかったが、皆気合いが入って非常に良かった。注意やアドバイスをすると大きな声で返事して、すぐに覚えよう、師範の教えを吸収しようとする意欲が感じられた。求道心が感じられた。

響いた!

こういう時、今日は組手で負けても、今日はまだまだ型が上手にできなくても、次の時は更なる成長した姿が期待できる。どんな思いで審査を受けているか。イコールどんな思いで稽古しているか。それは、稽古姿勢に他ならない。益々の精進を期待したい。

支部を創設して20年、今日は昇級審査会で初めて茶帯に号令を掛けさせた。それも中学生の茶帯に。普通では考えられない。こういう道場行事の時こそ、成長の場でもある。大きくなるチャンスでもある。黒帯に代わって指導し、師範の期待に見事に応えた。知らぬ間にそういう事が出来るようになっていた。いつの間にか・・・今日はそういう成長を感じた。実は、こういう時のために奥村師範は少年部に準備運動をさせるのである。太鼓を叩かせたり、主審をやらせたり・・・時には幼年部白帯に道場訓言わせたりするのである。刀鍛冶が炉の中で熱くなった鉄を心魂込めて打ちこみ刀を作るが如く!厳しい環境に身を置かせ、烈迫の指導をするのである。それは試練と言う。それはまたチャンスでもある。熱くなるかどうか、試練を乗り越えるかどうか、チャンスを生かすかどうか!それは本人次第である。だが本人任せではない。道場生を導いてこその師範だと思っている。

我、道しるべとならむ!!

来週の昇級審査会は女子部に頼もうかと思ってます(内緒)。前の日にでもお母さんに伝えようかと思ってます(笑)。

・・・道場の縦割り、既得権益、そして悪しき前例主義、こうしたことを打破して、道場改革を進めてまいります。そして道場の皆さんのために働く支部(事務局)を作ってまいります(笑笑)。

お身体にくれぐれも気を付けて国家のために益々ご活躍されることを心からお祈り申し上げます。

啓治も安倍内閣に続いての入閣を地元で喜んでますよ!

総務大臣就任誠におめでとうございます。