Category Archives: 師範ブログ

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心して支度をせよ!

厳しい戦いだった。

特に女子は厳しい戦いだった。アスタナで日本選手団は7階級を制覇した。世界中に日本選手団の実力をまざまざと知らしめた。将口はグランドスラムを達成し引退した。大阪の戦い!6人の世界チャンピオンを擁し日本選手団の総力を以てしても全階級制覇は成し遂げられなかった。優勝は4階級に留まった。女子は南原が中量級を制したのみ。男子はアスタナと同じく中量級を逃した。

“厳しい戦いだった!”と言ってるのは、4階級を獲れなかったからではない。勿論それもある。だが一番の理由は、アスタナで世界の頂点に立った6人の世界チャンピオンのうち4人が負けてしまったことである。グランドスラムを達成し、不動のチャンピオンの道を歩み出すかと期待していた島本さえも負けた。全日本大会では建武を最も追い込み、当分は軽重量級で死角なしかと思っていた前田勝汰は加藤大喜に負けた。二人の世界チャンピオンを倒した建武も大喜も、いつも決勝の舞台で二人と覇を争って来た永遠のライバルだった。全日本では無敵だった優輝も負けた。他流派ではあるが、女子軽量級4連覇を達成した菊川選手も負けた。

世界チャンピオンが1年も経たない内に、4人も負けたことに勝負の世界の厳しさを感じたのである。

チャンピオン達が精進を怠った訳ではない。チャンピオンとして更に精進してきたはずである。しかし、彼らに決勝で勝ったライバル達は、それ以上に精進を積んできたに違いない。

“負け!”が彼らを強くしたのである。

〇〇の世界の話ではないが、『狙われるものより、狙うものの方が強い!』のである。

大会後の打ち上げパーティーで建武に言った。

『今日の優勝は、偉大な先輩のお陰だな。強いライバルの存在で勝てたんだな。』

昨年の全日本の敗北が更に強くした。勝汰と大喜も全く同じである。緑代表も、塚本さえも全く同じである。宿命のライバルの存在があった。栄光の大勝利の前には必ず敗北があった。負けたからこそ、ライバルとの切磋琢磨があってこその栄光の座を掴んだ。

4人の世界チャンピオン達が負ける中で陽孝は再び頂点に立った。他流派強豪選手との激闘に次ぐ激闘を勝ち上がり、決勝戦は宿命のライバル河瀬敦志に勝って再び軽量級を制した。陽孝の試合も全てが厳しい戦いだった。正直、河瀬敦志の方が調子は良かったかもしれない。しかし、陽孝は勝った。会場を最も沸かせた中量級の前田優輝と後迫龍希の試合にも言える。自分ら選手団の中でも最も注目していた対戦カードだった。優輝がそうであったように、日の出の勢いが如く、後迫の方が勢いがあった。二人の繰り広げる空中戦に会場は大いに沸いた。しかし、自分は逆に優輝の技の正確さの衰えを感じた。延長戦までは互角か、やや後迫に分があったように思う。最終延長戦は優輝が勝った。後迫は何度も飛んで転んだ。冷静さがなかった。勝ち急いだ。対戦相手が普通の選手だったら、そうはなっていなかったと思う。対戦相手があの偉大な中量級絶対王者の前田優輝だったから。気合いが入り過ぎた。気負い過ぎ冷静さに欠けた。

ズバリ!経験の差で負けた。

軽量級決勝戦も同じだった。一本勝ちの山を築き絶好調だった河瀬の方が崩れた。気負い過ぎた。反則で負けた。大会会場、パーティー会場で陽孝の勝因を聞かれた。技の正確さ。ミスをしない。落ちないスタミナ。勝因は色々あったが、たったひと言。

“どんな場面になっても(心と技が)崩れませんでした!”

アスタナで世界一の頂点に立った。そのたった一度の経験は当たり前であるが伊達ではなかった。詳しく訊ねてくる人にはこう言った。

“過去の負けを必ず生かしている。”

アスタナの時も、今回も、直前の大会で負けている。その負けがあったからこその勝ちに繋げている。

“例えば、あの下段膝蹴り。強化合宿でも出稽古でも、コーチや師範からアドバイスされたら、その吸収力が凄い。そして適応力が凄い。”

陽孝と河瀬の戦いは紙一重だった。重量級・軽重量級の決勝戦も次の対戦はどうなるか全く分からない。この紙一重の差でさえ、ひっくり返すことは並大抵の稽古では出来ない。頂点を獲った者同士の戦いでさえこうである。山の麓には来たものの入り口で立ち往生している人、もう一度支度(したく)して臨むほかない。遥か彼方にそびえ立つ険しい山の頂を目指す支度である。

その支度とは何か?

舞台に上がったら帯の色も肩書きも何も関係ない!とは言う。しかし、肩書きの中の実績だけは少し参考になる。少しどころか大いに分かる。それがどんな山を登って来たか?である。ドリームの申込みで、大会実績に千葉錬成大会入賞を堂々と書いた人がいた。嬉しいが日本一の山を登る大会で錬成大会は全く意味がない。千葉のなだらかな丘の上の話など論外である(笑)。世界大会出るのに支部は関係ない。日本の代表だから。実績で言えば、県も関東も関係ない。全日本大会の実績しか意味がない。今回は実はそれに近い国際大会だったのである。

舞台に立つだけで満足するか?より険しい山(道)を登って行くか?それは自分次第である。しかし、支度が出来ていなかったら何度挑戦しても結果は同じである。

小さな山を登って来い。一度でなく何度も。麓のトレーニングは所詮トレーニングである。県大会優勝したら、勘違いしてすぐ卒業する。連覇せよ。実はこれが大きい。連覇ほど難しいことはない。錬成大会100回勝っても錬成は錬成である。地区大会優勝。これが最低条件である。

挑む時と守る時、全く心境が違う!

大阪からの新幹線、塚本と日本選手団の話になった。1年後の大阪の帰り、日本選手団全員が決まっている。今回の入賞者は9合目に来ているかな。1年前、もう登る前から登り切る人が分かっている。この日が来る事は3年前から、いや7年前から分かっていたことである。中学生の将斗と紫穏が応援に来た。応援ではない。いつの日か自分が登る日のために、支度をしに大阪に来たのである。会場に来ただけで、まだ小さいが一歩になった。大きな一歩にして欲しい。大きな一歩にしなければ来た意味がない。

ドリームで結果を出せ!

全階級制覇は成し得なかった。反省すべきは反省する。しかし、誰も悲観的になっていなかった。島本が負けて、前田兄弟が負けて良かったとさえ言う師範もいた。自分もそう思う。今回負けた彼らが負けをバネに更に強くなって帰って来ることを皆知っているからである。彼ら日本代表選手ですら、あらためて支度をして臨むのである。だから日本代表選手でない人の支度たるや、想像を絶する。

心して支度せよ!心して臨め!

富士で見つけた幾つかの金の卵が結果を出した。わずか2か月前まで中学生だった15歳の少年少女がいきなり結果を出した。また、負けはしたが偉大な日本代表の先輩達に果敢に挑んで行くユースジャパン戦士の姿に一筋の光明を見た。

U-19を創って良かった。U-15を創って良かった。

最大の山場となった準決勝戦。試合開始直後に先に放った左中段廻し蹴りを見た時、勝ちを確信した。たった数秒で。今回はアスタナの時のように全く吼えなかった。黙ってじっと試合を見ているだけだった(笑)。

会場では答えなかったが、勝因はまだある。

“礼儀正しい所。素直な所かもしれない。”

たった5分しか時間がなかったが、打ち上げ会場に挨拶に来た。身体はボロボロで足を引きづりながらでも大会翌日に道場に挨拶に来た。崩れなかった技と心!こういう所が実は繋がっているような気がする。

3年前にも負けない最強の日本選手団を結成して世界の頂点を目指す!

決意の大阪決戦となった。

“陽孝、お前も入ってるぞ!”

 

 

 

 

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赤鬼宣言!

決戦の時がついにやって来た。

将来の世界大会日本代表選手を発掘・育成するために組織はユースジャパンを創った。昨年で13回目を迎えたユース合宿。第1期生から男女の世界チャンピオンが生まれた。アスタナで開催された第6回世界ウエイト制大会では、そのユースジャパン戦士達が日本代表選手となり7階級制覇の偉業を達成した。

「全日本フルコンタクト選手権」、この大阪の戦いが始まった年にU-22を創った。今年3月のU-22強化合宿は、世界チャンピオン達にさえ日の丸ワッペンをはずさせて臨ませた。全ては大阪で全階級制覇するためである。アスタナで戦った日本代表選手達とU-22戦士達が結集し、昨年の雪辱を果たす時が来た。

陽孝、全階級制覇の先陣を切って、男子軽量級は必ずお前が獲れ!

アスタナの陽孝の勝利!厳しい戦いの連続だった。決してひとりの力だけでは頂点に立つことは出来なかった。同じ軽量級で共に戦った選手団の仲間が一の矢、二の矢!となってモイセイエフを追い込み、ズイチェンコを追い込んだから陽孝が軽量級の頂点を掴むことが出来た。あの7階級制覇は日本代表選手団全員の力が結集してこそ成し遂げることが出来たのである。

初戦を何としてでも突破せよ!

大阪決戦、厳しい戦いになるに違いない。しかし、この試練を乗り越えてこそ新たな道が開ける。この戦いですら通過点に過ぎない。大阪で全階級制覇してこそ、いよいよ来年に迫った第12回世界大会に繋がる。その世界大会で再び男女W優勝を果たし、そして、組織と日本選手団の悲願である全世界ウエイト制での全階級制覇の道に繋がるのである。

決戦の地へ出陣する時にいつも思い起こす忘れられない光景がある。

自分が三好副代表の下で選手強化委員会の副委員長になり、同時に初めて日本選手団の監督に就任した時の事である。大阪で開催された第3回カラテワールドカップの第1回目の日本代表選手団強化合宿が和歌山で行われた時の事である。

初日夜の食事会で総監督を務める三好副代表とワールドカップは勿論のこと、組織が創ったばかりのユースジャパンの話、これからの日本代表選手団の永遠の王座死守!のために力を合わせて一緒に頑張って行こうと誓った。

そして、こう言われた。

“奥村、(日本が勝つために厳しい稽古をして)二人で嫌われ役になろう!”

今思えば赤鬼宣言!だった。日本選手団に赤鬼の総監督と監督が誕生した瞬間だった(内緒)。

三好副代表の大好きなレモン酎ハイで、戦(いくさ)に臨む男と男の固めの盃を交わした。

ただのレモン酎ハイではない。ブツ切りレモンの生絞りのレモン酎ハイである。当時はまだ「344ハイ!」とネーミングされていなかった。数々の強化合宿や大会の時、緑代表や三好副代表、仲間と一緒に飲む344ハイは格別である。いつもエネルギー充電の時間であり、束の間の癒しのひと時となっている。

超満員の会場で戦える選手は幸せである。感謝の気持ちを忘れてはならない。

最高峰の舞台に立てることに誇りを持ち、正々堂々と力の限り戦ってくれることを願うばかりである。選手達の戦い!心して見届けたい。

敢えてもう一度言う。

ユースジャパンもU-22もこの日のために創った。

 “伝統継承せよ!!”

決戦の地大阪へ行って来ます。

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全日本選手になる方法!

火曜日、桃太郎達が全員元気がなかった。

日曜日小さな大会だったが、そこで誰も結果が出せなかったから。6月のドリームフェスティバル直前の大会だったので尚更である。“小さな大会で勝てない人が大きな大会で勝てる訳がない!”と師範にいつも言われているから。確かにその通りである。小さな山も登れない人が、もっと大きなもっと高い山など登れない。もう6月のドリームの結果は大体分かる。しかし、ここからどうするかが大切である。反省すべきは反省し、また稽古で頑張るしかない。

大山総裁は仰せである。

武に道の探求は断崖をよじ登るがごとし 休むことなく精進すべし!

小さな錬成大会ですら結果が出ない。ドリームフェスティバルは全国から選手が集まる全国大会である。そんな桃太郎達にとって全日本大会に出場するなんてまさに断崖をよじ登る心境であろう。しかし、臆することは全くない。道場にはお手本の先輩がいる。桃太郎の先輩が一般部となり、立派に全日本選手となっているではないか。翔希は少年部時代に優勝したことがない。支部内ですらいつも3番だった。欣大は型は上手かったが、組手はそんなに強くなかった。翔太に至っては二人の先輩以上に弱かった。翔希、欣大、翔太は千葉南支部で一番になったことはなかった。でも3人は揃って全日本選手になった。少年部時代の姿からは想像もつかなかった(秘)。

3人の先輩の姿を見ていれば全日本選手になる方法が分かる。

3人とも少年部時代は稽古日数が一番だった。夏合宿や鏡開き、野外稽古など道場行事は全て参加した。優勝出来なくても何度負けようが、決して諦めなかった。中学生なっても高校生になっても空手をやめなかった。大学生になっても、就職しても空手をやめなかった。

全日本選手になる方法は?

何回負けても諦めない!空手を続けること!である。

ただし、その全日本大会で勝てる選手になるかどうか?は別問題である。

全日本選手になるかどうか?自分の中でひとつだけ方程式がある。大阪の大会に先輩の応援に行く人は全日本選手になっている。応援に行くのではない。自分自身が将来出場する時の事を思って行くのである。自分が出る気があるから行くのである。出る気のない人は行かない。東京ですら行かない(笑)。今年は中学生の将斗と紫穏が行く。将斗はひとりで行く。去年は翔太がひとりで行った。

将斗は初めて見た時から素質を感じた。ズバリ!桃太郎そのもだった(笑)。幼稚園の時にルネサンスから移籍して来て、ドリーム初出場でいきなり3位に入賞した。これまで勝ち取ったトロフィーは数知れず。将斗は幼年部の時に全日本選手のイメージが湧いた唯一の道場生である。成長すればするほどそれは確信に変わって行った。翔太はその将斗の真反対だった。家族で初めて道場に来た時、全くしゃべらなかった。続くかなあ?と正直思った。努力の虫だった。入門以来、毎年稽古日数は一番である。相変わらず余計な事はしゃべらない。最近やっと冗談を言うと、時々笑うようになった。身体も大きくなった。強くなった。もう将斗には負けない。先輩の欣大や翔平が全力で相手する位に大成長した。

その高校2年生の翔太がいよいよ全日本の舞台に立つ。デビュー戦がいきなり国際大会である。いきなり外国人選手と一回戦で対戦する。自分が翔太に期待している事がある。大会の結果云々よりも。1回戦で勝てばそれに越した事はないが。いや何が何でも勝って欲しい。勝つためにU-22に選んだのだから。

デビュー戦というのは、意外とその人が見えるものである。大舞台で力を出せるかどうか?将来性など。大会の結果よりも、大会を終えてどれだけ成長して帰って来るかを楽しみにしている。大会が終わって翔太がどう変わるか?その成長した姿を楽しみにしている。来週の火曜日に組手をしたら分かる。

道場に帰って来たら、その日から翔太はもう全日本選手である。

翔太がいよいよ全日本の舞台に立つ!然したる実績はない。しかし、翔太には目に見える実績以上に凄いものがある。入門以来コツコツ続けて来た稽古がある。誰にも負けない毎年稽古日数一番の看板を背負って戦うのである。

翔太、吼えろ!

翔太、大暴れして来い!

“桃太郎達よ 翔太に続け!!将斗、紫穏に続け!”

いよいよ決戦の時が来た。決戦の日まであと3日!