Category Archives: 師範ブログ

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使命!

昨日の荒れた天気が嘘のように今日は一日中晴れ渡った。夜の道場の珍事など何事もなかったかのように。常設道場を出して18年が経つが、昨日は初めての大停電を少年部達と経験した。真っ暗闇になっても皆動じなかった。いや逆に子供達は大喜びだった(笑)。何かの前触れかもしれない。今年はきっといい事があるに違いない。

総本部鏡開き稽古会が護国寺で行われるようになったのはいつの頃からだろうか。この護国寺に極真空手の創始者である大山総裁が眠っている。何度行っても緊張する。鏡開きに差もない。毎年、決戦の年だから!しかし、今年はちょっと様相が違った。勿論、友のことは大きい。友と最後に会ったのは鏡開き稽古会の日だったから。

年末に神様から贈り物が届いた。大山総裁に憧れて極真空手を志した。大山総裁に名前を憶えて貰いたい一心で稽古に励んだ。そして世界の舞台を目指した。夢は叶った。贈り物は大山総裁の著書『昭和五輪書』だった。五輪書は宮本武蔵が晩年に書いた兵法書である。その宮本武蔵を心の師と仰ぎ昭和の宮本武蔵にならむと書いたのが昭和五輪書である。大山総裁の数ある著書の中でも秘蔵中の秘蔵の著書である。自分は第1巻の「地の巻」しか持っていなかったが、年末に4巻が天から届き全部揃った。今日は大山総裁に御礼をして来た。

そして今回思い入れが違ったのにはもう一つ理由があった。啓治と道着姿で揃って稽古したのが2012年の鏡開き稽古会だったからである。第5回カラテワールドカップの年に啓治は病に倒れた。皮肉にもその年の奉納演武を行ったのは!誰であろう。ほかならぬ自分であった。大決戦の前に啓治とふたり揃って中国上海の地に立つ時が来た。

この3月、兄弟で中国の大地に立つ!

この年末年始、天からの贈り物がきっかけでこれまでの空手人生を振り返った。間違いなく自分の一番の転機はやはり世界大会だった。32年前の第4回世界大会!世界大会に出たからこそ大山総裁に会うことが出来た。空手人生が変わった。日本代表選手になっていなかったら、今の自分はない。そして・・・伝統継承の道へと続く(笑)。そんなことを思いながら新年を迎え。その矢先に11日の誕生日に届いた1枚の写真。田舎の後輩白石君がお祝いのメッセージと共に送ってくれた写真。

実家の座敷で緑代表を囲み3人で肩を組んで唄っている写真だった。

平成6年の11月に父が亡くなった。12月に緑代表が福岡の支部長として初めて福岡入りした。啓治は緑代表から師範代に任命された。翌年の5月、地元犀川町の神幸祭で啓治が演武会を開いた時、初めて緑代表を実家に招き、支部長就任のお祝いをしたのである。自分も勿論帰省して晴れの門出を祝いに駆け付けた。今でも忘れられない出来事のひとつである。その日は大雨だったが、演武は挙行した。自分は啓治に試割りの演武を頼まれた。生涯で二度失敗した内のひとつが、この時の演武だった。中吊りブロック割りを失敗した。もう1回の失敗は、木元師範が世界大会のあと支部長になって道場開きでの演武を頼まれた時である。この時もブロック割りで失敗した(内緒)。ブロック割りは鬼門である。

大雨でも緑代表は傘をささなかった。傘を差し出しても中に入らなかった。道場生達が大雨でずぶ濡れになりながら演武をし続けている間も一緒に濡れながら彼らを見守っていた。そして実家での大宴会。最後の最後までネクタイも外さず、勧めても上着を脱がなかった。同期の桜♪を唄ったのだろうか?第4回世界大会の時から一緒にいつも唄っていた「貴様と俺♪」だったか?地元の仲間達で歓迎の大宴会をした時の1枚の写真である。座敷の壁に「歓迎!緑健児師範 支部長就任おめでとうございます!」の手作りの横断幕に緑代表がしばし見入っていたのを今でもはっきりと覚えている。雨の演武会で3人で撮った記念写真は今でも大事にとってある。多分あの頃は、100㎏位はあったと思う。

ズバリ!言おう。

緑代表が福岡の支部長になっていなかったら、今の啓治はない。空手に復帰することもなかったであろう。多分、暗黒街の世界で野垂れ死にしていたと思う。大山総裁が亡くなり、二代目館長が出来て新体制となった。緑代表が支部長に就任した時、啓治の復帰を世界大会の戦友でもあった当時の館長と緑代表に懇願したのは兄の自分だった。そんな啓治のことを緑代表は師範代に指名して復帰させてくれたのである。命の恩人である。

啓治が中国支部長と併任で兵庫尼崎の道場責任者になった時のキャッチフレーズである。

“使命 出会いは奇跡を起こす!”

緑代表との出会いで奇跡が起きた。まさに啓治の空手人生最大の転機になったのである。

鏡開き稽古会で、真正面に立つ緑代表に感謝の思いを伝えながら正拳を突いた。空手に導いてくれた大山総裁に感謝しながら正拳を突いた。11月の大勝利を誓いながら全身全霊で正拳を突いた。

3月の強化合宿に緑代表はいない。南アフリカ遠征と重なってしまった。戦友の外舘師範が同行する。

『奥村さん、3月の合宿宜しくお願いします。世界大会、頼みますよ!』

“押忍!”

自分も啓治と同じく緑代表に使命を与えられた。

日本代表選手団であり。ユースジャパンである。

日本代表選手団の大勝利!これは奇跡ではない。奇跡でも何でもない。

必ずや男女W優勝を成し遂げる。

使命!

日本代表選手団 王座死守!王座奪還!

 

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再び富士へ

日本代表選手団の総監督を務める三好副代表が、昨年11月のユースジャパン強化合宿の結団式で400名の強化選手を前に壇上から語った。

『何故、ユース合宿をこの富士山で行うか!それは日本一の富士山の頂を見ながら稽古して、皆さんがいつの日か日本代表選手になって世界の舞台で活躍して貰いたいからです。』

『だから皆さんの道着には日本代表選手と同じ日の丸のワッペンが付いているんです。』

日の丸入りのユースワッペンを付けた選手達が日本一の山 富士山を背に居並ぶ姿は圧巻である。14年前にユースジャパンが始まる時、この日の丸入りのワッペンをユース選手達にも付けることを提案したのは三好副代表だった。富士での強化合宿は、12年前の第9回世界大会の日本代表選手団強化合宿が最初だった。それを機にユース合宿も同じ富士で行うようになった。今では新しく創られたU-22強化合宿も富士で行われている。これら全ての強化合宿に参加して来た。そして、その全ての準備に携わって来た。即ち、合宿の現地打ち合わせも全て自らが足を運んだ。それが、指揮を執る監督の役目でもある。

明日、3月に行われる第12回世界大会日本代表選手団の強化合宿の現地打ち合わせのため再び富士へ行く。2か月ぶりの富士である。これまでに何十回と行った。本番の大会や合宿に対する思いは、何回行っても何ら変わることはない。しかし、今回は何かが違う。

 友が待っている。

今回は友の声を聞きに行く。そして何より、来たる11月の大決戦での大勝利のための支度をしに行くのである。何としてでも第10回大会以来の男女W優勝の悲願を果たすために。

戦(いくさ)は全て支度(したく)で決まる!

“ 戦いの  支度ととのえ  我は行く

            友が待ちたり  再び富士へ ”

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道の日に誓う!

決戦の年の幕が開けた。

日本代表選手団の悲願である第10回世界大会以来の男女W優勝を成し遂げる時がやって来た。その第10回世界大会の年、友に乞われて友がサッカー部監督を務める国際武道大学でセミナーと講演を行った。愛弟子のサッカー部員達に極真魂を注入して下さいと頼まれたのである。稽古前に二人で日本代表選手団のユニフォームを決めた。赤のALL JAPANのユニフォームは脈々と続いている。

『世界大会にはサッカー部員全員を連れて応援に行きますから。日本選手団の優勝を信じてます。必ず優勝して下さい。』

固い握手をしながら自分も約束をした。

『必ず男女とも優勝を成し遂げます。またサッカ―部の皆さんに会いに来ますから!』

日本代表選手団は初めて男女W優勝を成し遂げることが出来た。

その翌年もセミナーを頼まれた。偶然にも同じ夏の日だった。だから、その8月10日を「男と男の約束の日!」と名付けた。

2回目の訪問の時、世界大会応援の御礼と優勝報告の意味を込めて赤のユニフォームを着て行った。友は大学宿舎から一戸建てに住まいを替えていた。懇意にする地元水産会社の社長から提供された自宅は、有名ホテルや土産店が立ち並ぶ勝浦の海岸線沿いの一角にあった。自宅に招かれて驚いた。度肝を抜かれた。あらゆる所に大山総裁の写真や有名な言葉、座右銘などが貼られていた。友の大山総裁を思う心と求道心に感動した。稽古は友の提案で自宅から歩いて数十秒の浜辺で行った。稽古後は自宅で焼き肉を振る舞ってくれた。海岸線に夕陽が沈む様を眺めながらの打ち上げは最高だった。その時に友がしみじみと語った言葉を今でも忘れない。

『僕は寝る時カーテンを閉めないんですよ。朝、太平洋の彼方の海岸線から朝陽が昇り陽が射して来たら自然に目が覚めるんですよ!』

太平洋の海原に面した別荘に住み、毎日ギラギラと輝く朝陽が昇る様を見て。夕べには反対に海岸線に沈む夕陽を見ながら一日を終える。

太陽と共に生きる!

そんな言葉がぴったりの生活ができるなんて羨ましいなあと思ったものである。そして、大山総裁のあの言葉を思い出さずにはいられなかった。

昨年総本部鏡開き稽古会の日に友のお見舞いに行った時、手を握り締めながら約束をした。

『必ず元気になって、また一緒に稽古しましょうね。勝浦の朝陽を一緒に見ましょうね。約束ですよ。』

再び男と男の約束をした。史上最強の敵と必死に闘っている友に渾身の想いで書いた『書』を何度も贈り励ました。

太陽が昇らない日はない。またその太陽が沈まない日はない。何処に居ても太陽は昇る。朝陽や夕陽を見る度に友を思い出す。友の言葉を思い出す。

1月1日、元旦に昇る太陽が初日の出である。しかし、自分にはもっと大事な“日の出!”がある。1月4日に昇る日の出である。

1月4日は父の誕生日である。

正直昔は父が嫌いだった。はっきり言ってどうしようもない父だった。雨が降ると仕事は休む。車は乗らない。自転車しか乗らない。家族で旅行など行ったこともない。10歳の頃には、もう家にいなかった。ただ一つだけ好きな所があった。時々給料日に本を買って来てくれた。桃太郎やかぐや姫などの「昔話・童話」。徳川家康・エジソンなどの「偉人伝」。小さい頃は嬉しくて大きな声で読んだものである。お陰で声だけは大きくなった(笑)。そして、座敷にあったあの『道』の額縁を見て、兄弟仲良く育った。兄弟に進むべき“道”を教えてくれた。

1月4日は道の日!である。

今日の朝陽は一段と眩しかった。

子供の夢は親の夢でもある。親は皆子供のために空手をやっている。小さくてもいい。どんな夢でも親子で叶えて欲しい。

親子の夢叶えむ!

奥村師範は本気ですから。20年前から本気ですから(笑)。

この道より我を生かす道なし このを歩く!

“親父、兄弟、ありがとう!本当にありがとう(涙…涙、涙)!!