Category Archives: 師範ブログ

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願い届く時、星は輝きて

20年前、組織に千葉県南部エリアの道場開設を許された。まだサラリーマンをしながら公民館からのスタートだった。千葉奥村道場責任者に任命された時、道場生は7名。この時に誓った事、それは・・・

“いつの日かこの千葉から世界へ翔たく道場生を育てる!”

空手を通じて世界中に友達を作って欲しい。何でもいいから世界の舞台で活躍できるよう人材になって欲しいとの願いからだった。自分の経験からして縁あってせっかく空手の世界にいるのだから、やはり世界大会を目指す事が何より一番。大きな目標を持つ事、夢に向かって努力する事が強靭な精神と肉体を作ることにも直結するのである。

常設道場を構えてからは、一般部にも少年部にも選手クラスを作った。少年部選手クラスには「桃太郎クラス」と名前を付けた。

桃太郎クラスに入る時、道場の名札の裏に自分自身で空手の夢を書いて貰うようにしている。桃太郎達の夢は昔も今も大体同じである。

・世界チャンピオン ・ドリーム優勝 ・強くなりたい ・黒帯になりたい ・全日本選手

今のメンバー6人も全員この中にある。夢が大きくて指導のし甲斐があるというものである。嬉しい限りである。しかし、夢が大きければ大きいほど実現は難しい。山登りと同じである。頂上が高ければ高いほど、山道が険しければ険しいほど登り切ることは難しい。武の道の探求は断崖をよじ登るがごとしである。今の少年部達にとって夢に向かって弛みない努力をすることこそが一番大事なのである。

今日は七夕である。遠く夜空に輝く星の光は何万光年の時を掛けてこの地球に届く。光の速さで何万年だから気の遠くなるような話である。しかし、何万光年の彼方からでも光は届いている。夢を叶えるためには気の遠くなるような険しい道のりを歩まねばならないが叶えることは出来る。多くの道場生は道半ばで歩みをやめる。たとえ歩みをやめないにしても叶えた人は少ない。それは夢が大きければ大きいほど。しかし、彼ら自身が歩みをやめない限り夢を追い続ける限り、老いぼれ師範は老体に鞭打って一緒に歩む覚悟である。

桃太郎達の夢実現の最初の関門はユースジャパンではなかろうか。その15年の歴史で数々の日本代表選手を育て、世界チャンンピオンも誕生させたユースジャパン。この大発展の要因は何か?数えたら限がないが、あえてふたつ挙げるとするならば・・・

“伝統継承!”のテーマと日の丸入りのユースTシャツではなかろうかと思う。

勿論、ユースワッペンも大きい。主将副主将制が合宿で彼らの自立や団結心を生んだ。歴代の日本代表として戦ったコーチ陣の存在なくして大発展はなかった。しかし、ユースTシャツは日本代表ユニフォームに匹敵する位に大事なものだった。富士を背にして400名のユース選手が組織カラーの赤のユースTシャツで一堂に会す姿は圧巻だった。

何期目かの時からか、ユースTシャツに伝統継承のロゴを入れるようになった。著名な書家の先生に揮毫をお願いして実現した(笑)。これまでのユースTシャツの歴史で自分がそのデザインの全てを指示した事が一回だけあった。伝統継承の位置から何から何まで全てを。でも出来上がったら一番シンプルだった。あの伝統継承のテーマがある時ぱっと閃いたのと同じように、注文を付けたデザインの光景が脳裏に浮かんだ。それは合宿地の富士に朝陽が昇るイメージだった。そして、悲しいかな今回のコロナ禍騒動。真っ暗闇の休館中、大山総裁のあの言葉が脳裏に浮かび何度も復唱し、何枚も心魂込めて書く時に、あの同じ光景が浮かんだのだった。

希望の朝を迎えよ 感謝の夕を迎えよ!

自分にとっては富士から登る朝陽こそが新極真会だった。そして、どんな時も組織に対する報恩感謝の想いで戦って来た。これからも命続く限り戦いは続く。

ユースジャパンは自分にとっては天職だと思っている。同じく日本選手団も天命によって戦って来た。そして、この組織を未来に繋げて行くために青少年育成こそが自分の使命でもある。桃太郎達の夢を叶えることが自分の夢でもある。

子供の夢は 親の夢!

親子の夢 叶えむ!

太陽はこの世にひとつだけである。組織にでさえ、太陽はひとつだけである。ふたつといらない。されど夜空に輝く星は無数にある。宇宙は無限である。桃太郎達には、小さくてもいから自身の光輝く星を見つけて欲しいと思う。苦しい時も悲しい時も、どんな時にも星が光輝いて見える強靭な美しい心を空手道の修行で築き上げて欲しいと願うばかりである。星が輝いているのではない。光輝いて見える、そう思える心が輝いているのである。そういう境涯でいられる強さを身につけて欲しい。

遠く夜空の星に願いが届く時、星は更に輝く

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7月4日に生まれて

何年経っても忘れられない日がある。世界大会や強化合宿は極端に言えば、日にちではない。何月何日かは全く関係ない。大会そのものであり、合宿そのものであるから。初めて極真会の道着に袖を通した日の事は決して忘れることはない。

熊本での1年間の研修を終えて次のステップの(短期)研修の場所は、ただただ極真空手がやりたくて東京を希望した。研修所は船橋市にあった。2カ月半の研修を終えて千葉市内の署に配属が決まった。必然的に千葉市内の独身寮に転寮した。勤務先はJR幕張駅、寮はJR西千葉駅だった。ちなみに道場は距離はあったがJR稲毛駅にあった。

最初の1週間は、昼間は各種の職場研修や管内視察、夜は署でも寮でも毎晩歓迎会と称した飲み会が続いた。1週間が経って少しは落ち着いて来た時、いよいよ意を決して行動に移す時がやって来た。

極真会館に入門する日である。そのために上京して来たのである。

事前に調べてあった住所を頼りに探したが見つからなかった。悲しいかな!道場にたどり着かなかった。何丁目何番何号の住居表示ではなく、番地だけの住所・・・今思えばタクシーを使えばよかったが、当時はそんなことも思いつかなかった。すぐ見つかると思っていた。1回目は撃沈。

2回目の挑戦。その日は土曜日だった。まだ週休二日制などなく、土曜日午前も仕事“半ドン”の時代だった。稲毛駅の公衆電話から道場に電話して行き方を訊いた。(師範の奥さんだった。)バス乗り場、降りるバス亭を訊き、道場に向かった。バス停を降りて極真カラテの看板を見た時と教わった通り坂を上がって行き道場を見た時の感動は今でもはっきりと覚えている。昼間に行ったので稽古は夜、残念ながら稽古は出来なかった。その日は入門の手続きだけをして帰った。寮に帰ったら直ぐに道着を着た。暑さも忘れてずっと着ていた。着たまま寝たような気もする。

空手バカ一代に憧れて、弟の啓治(師範)と極真入門を夢見て闘魂神社で真似事をして過ごした日々。熊本研修所時代にその思いは確固たるものとなった。大山総裁の数々の著書との出会い。宮本武蔵との出会いが上京を決心させた。一生涯入門した日の感動を忘れることは決してない。

何歳になっても?誕生日は誰かしら祝ってくれる。しかし、入門した日など誰も祝ってくれない。いや人の入門した日など知らない。関係ないから。

入門日は空手の誕生日である。

祝うという表現はおかしいが、空手人生の始まりの日を毎年元気に空手着を着て迎えられることは至上の喜びである。いや全米で奥村師範の入門日をお祝いしてくれる。偶然にもアメリカ合衆国独立記念日と同じ日だった。

7月4日に生まれて!・・・・良かった。

39年の空手人生の道のりをひと言で表すならば、それは“感謝!”しかない。思い浮かぶのはやっぱり大山総裁のあの言葉だった。

 

 

 

 

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DEBUT!

月曜日、ルネサンスから帰るといつもの3人が稽古していた。稽古が終わると自分の方からは滅多に話掛けて来ない翔太が突然話掛けて来た。

「少年部の稽古に出さして下さい。」

正直少しだけ驚いたが直ぐにピーンときた。少し間を置いてこう言った。(笑いながら…)

「ブログ読んだか!」

「押忍!」

分かり易い男である(笑)。そのブログとは、自分が少年部の指導員をしていた頃の話で、大智少年との出会いや年賀状で関係が今に続くという話などを綴った。自分が少年部の指導員を引き受けなければ大智との出会いはなかった。“縁ありて花開き、恩ありて実を結ぶ!」の話を。

何とブログが翔太に響いた。何かを感じたのだろう。道場を出して約20年。自分の方から少年部の指導を申し出た道場生は初めてだった。勿論、了解した。断る理由がない。金曜日の稽古も来るようになった。6月は皆勤賞である。はっきり言って翔太はぶきっちょである。あまり運動神経はよくない。苦労に苦労を重ねて黒帯を取った。稽古の虫で全日本選手までに成長した。

教えは二度目の学びである。

一般部とも違う。白帯もいる。幼稚園児もいる。翔太ほど稽古に来る人はいない。全員が翔太のように大会志向ではない。後ろで怖いブラウンエンジェルズの眼が光っている。此処に挙げたような事を翔太は全く気にしていないと思う。残念ながら(笑)。号令を掛ける事と指導する事の違いに気が付くに違いない。ひと回りもふた回りも成長するチャンスである。

空手歴1年そこそこの血気盛んな若者が肩車して遊んで務まる位だから大丈夫!

“翔太、初日が肝心だから。駿介のこと肩車しろ(内緒)!余裕があったらブラウンエンペラーの恵子お姉さんを抱っこしてやれ(内緒)!”

20年後の都賀駅近くの焼き鳥屋の光景である。40歳位だろうか図体のでかいサラリーマン風の男と大学を卒業したくらいの若者が二人で楽しそうにお酒を飲んでいる。しゃべるのはもっぱら若い方の青年である。サラリーマンの先輩はお酒がかなり強い。しゃべるよりも酎ハイのお代わりばかり。場は空手道場の話で盛り上がる。“優しい師範でしたねえ!”と懐かしそうに語っている。逞しく成長した翔太と駿介の姿である。其処へ子連れの貴婦人が合流した。“翔太先輩、お久しぶりですね~。駿介、全日本頑張ってよ、応援行くからね。” 可愛さがちっとも変わらない瑠偉だった。

翔太を黒帯にして(初めて本気で)良かったと思った。

翔太を全日本大会に出して(初めて本気で)良かったと思った。

翔太の先輩の翔希が結婚した。11月にはパパとなる。最近、翔希の顔が変わってきた。

最近、翔希を世界大会に出して(初めて本気で)良かったと思った。

奥村師範の指導なんてそんなもんである(秘)。

翔太が明日、少年部指導デビューする。