Category Archives: 師範ブログ

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15年前の戦い! 於.福岡

8月20日、福岡県大会が出場者920名という史上空前の県大会レベルでは最大級の規模で開催された。日本代表選手やドリームチャンピオンを最も輩出している福岡支部の主催だけに、出場選手も豪華な顔ぶれで白熱した試合が何試合も展開された。自分が最も注目していた選手は?男子ではドリーム9連覇を達成した高校1年生の選手。女子では5月の全日本フルコンタクト大会で反則の減点で惜しくも3位に終わり、親子で悔し涙を飲んだ高校2年生の選手だった。ドリームで9連覇を達成した高1の男子選手は、準決勝戦で顔面殴打を受けドクターストップとなり、3位で終わった。その試合の相手は全日本W制大会の元中量級チャンピオンで、試合内容で完全に勝っていたが残念な形で終わってしまった。10月の全日本大会での活躍に期待したい。

5月は涙の3位に終わった高2の女子選手、決勝戦で第6回世界W制大会軽重量級で優勝した荒木千咲選手に負け準優勝だった。しかし、その堂々とした戦いぶりは将来性を十分に感じさせた。その女子選手の戦い様を見ていて、或る大会の事を思い出していた。

その大会とは。15年前、同じ福岡で、同じ会場の福岡国際センターで開催された『第1回福岡国際大会』のことである。第8回世界大会を翌2003年に控え、日本選手団が何としてでも“王座死守!”しなければとの使命から、緑代表が日本選手達に試練を与えるために一支部長として単独で福岡で国際大会を開催したのが、これである。緑代表の呼びかけに海外から強豪選手が多数参加した。筆頭は第7回世界大会準優勝のムザファー・バカック選手。そして第8回世界大会から今日まで世界の舞台で大活躍している若き日の有名選手達だった。ヴァレリー・ディミトロフ選手はまだ20歳だった。ローマン・ネステレンコ選手22歳。ブライアン・ヤコブセン選手23歳、まだ茶帯だった。この世界大会前哨戦となった第1回福岡国際大会を制したのが石原延岡山東支部長だったのである。勿論当時はまだ支部長ではなかった。主な日本の出場選手は(敬称略で)?群馬の佐藤、徳島の逢坂、高知の竹澤、北海道札幌の平山。第8回で3位入賞し第9回で優勝した塚越。そして地元福岡支部から渡辺大士と森健太の二人。この福岡国際の経験を生かし、翌年の第8回世界大会では皆勇敢に戦い、日本の勝利に大きく貢献した。石原支部長は出たけど、もうひとりの弟は出場しませんでした(笑)。

自分の出身地福岡での初の国際大会ということもあって?家族も福岡に行った。長女が3歳、二女がまだ1歳だった。この時、我が家のお姫様はまだ二人だけだった(笑)。大会翌日、博多駅に向かう途中にロッテリアに寄った(らしい)。そこで大会で優勝した石原支部長の家族と会った(らしい)。石原支部長の家族も応援に来ていた(らしい)。そして石原支部長の娘さん(長女)と我が家の二女が偶然にも同じ年だと分かり、ロッテリアで大いに盛り上がった(らしい)。この時の事を強化合宿か大会か?何かの時に石原支部長から聞いていた事を思い出したのである。

組織の分裂後に新体制で初めて開催する第8回世界大会で日本選手団が勝つために、緑代表が福岡国際大会を単独で開いた。その大会で見事優勝した支部長の娘さんが、15年後同じ会場で戦い見事準優勝に輝いた。この価値ある入賞は2年後の世界大会に間違いなく繋がっている。自分は第8回世界大会で日本選手団のコーチに就任した。その選手団の主力選手のひとりが石原支部長だった。そして今は現役を引退し、監督となった自分を支えるコーチとなった。縁を感じずにはいられない。15年前の家族の出会いに始まり、お互いの娘の年齢が同じだったこと、強化合宿や色々な大会などこれまでの接点。あの出会いも今思えば、運命だったのかもしれない。不思議な気がしてならない。

実はこの福岡国際大会で国際舞台に鮮烈なデビューをした男がもうひとりいる。それが奥村啓治。弟啓治(師範)だった。当時、福岡支部師範代として特別演武を行い、世界の支部長選手道場生達にその存在を示したのである。それから師である緑代表と共にオーストラリア、ブルガリア、スペイン等々遠征遠征の旅に出掛けて行ったのである。いづれ中国に赴くことになる海外野望の下地は、この頃から養われていったのである。

今年の福岡大会には、13年前に啓治が単身中国に渡り裸一貫で創った中国支部からも20名もの選手が出場した。しかも6名が入賞した。素晴らしい!いまだ病と闘う師と異国の地で戦った弟子達との感動の再会の場ともなった。15年前の出会いを彷彿させる意義深い大会ともなった。

この夏は日本選手団の大勝利に沸いた。我が愛弟子達も夢の舞台でその母達と共に大活躍した。35年前に指導した少年部の(初代)桃太郎からもお祝いが届いた。愛弟子達や初代桃太郎に祝福と御礼!感謝の気持ちで筆を執った。

 

我が家の娘と同じ年のその女子選手に表彰式のあと『書!』をプレゼントした。

日本選手団のコーチを務める父と二人で世界の舞台に立つ夢を必ずや叶えて欲しいとの願いから、こう書いた。

“世界へ翔たけ!”

そしてメッセージをこう続けた。

“お父さんと一緒に日本選手団で待ってるよ!親子の夢必ず自分で勝ち獲れ!!”

そう言えば、岡山東支部だから桃太郎の故郷だった。これも偶然かなあ(笑)!

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夏の熱い戦いは続く!福岡へ

世界W制大会に続いて夏の熱い戦い『夢の祭典』が終わったはずなのに。何故か?何も終わった気がしない。終わったのに、終わっていない!理由は分かっている。理由は簡単!もう始まっているからである(笑)。

ドリームフェスティバルで今年のユースジャパンの赤ワッペンが出揃った。資料を作っていて、名前に見覚えのある選手が何人もいた。昨年のユースジャパンで新たに創ったUー19の選手や日本代表強化合宿に参加した選手達である。3月の合宿の時、中学生だった選手もいた。今年から高校生は学年(別)が取り払われた。だから今回、高校1年生での入賞は価値がある。凄い!U-19に続き、今年はその下のU-15を創る予定である。

 

監督のことを英語で、Managerという。今更ながら色々やっていてなるほどと思う。強化合宿の準備企画から選手団の統率など色々な事をマネージメントするから。的を得た言葉である。マネージャーと言ったら、昔は部活で部員の身の回りの世話をする女の子(マネージャー)を想像するけれど。

また場合によってはヘッドコーチともいう。コーチ陣の筆頭である。コーチ陣、選手団を指揮して勝利に導くのがヘッド(コーチ)、監督の役目である。強化合宿の具体的な稽古指導はコーチ達に任せればよい。全員が世界チャンピオンか全日本チャンピオンだから。監督は何もしなくていい(笑)。監督はただ選手達の稽古する姿を目を光らせて見ていればよい。誰を次のステップに連れて行くか?次の日本代表は誰か?

今週末、福岡大会が開催される。男子も女子も錚々たるメンバーが出場する。世界W制大会で戦ったばかりの日本代表選手が何人も出場する。夏の熱い戦いは終わってなかった。この福岡大会で今後の全日本大会の一端が覗える。次の日本代表選手すら見えてくる。昨年の大会の女子BEST4の顔ぶれは、南原、荒木、将口、谷岡。南原が優勝、準優勝が荒木だった。全員が日本代表選手。3名は7月に世界チャンピオンになった。中量級を制した南原、軽重量級を制した荒木の力は、実はこの福岡大会の時に証明されていたのである。

『福岡を制する者 九州を制す!九州を制する者 世界を制す!』

それだけ福岡大会は意味がある。今年の大会、女子では、大阪であと一歩の所で反則で負けた高校2年生の選手が出場する。あの大阪のくやし涙!何処まで勝ちあがれるか?今度は優勝して一緒に泣こうね(笑)。男子ではドリームで9連覇を達成した高校1年生の選手。日本一激戦区の福岡で、しかも一般無差別で何処まで勝ち上がれるか?そして日本代表選手達との戦いや如何に?楽しみである。

結果はどうであれ。ただ一つ言えること、その高校生の彼女も彼もわざわざ福岡まで出向いて“(優勝を)獲りに行っている!”のである。世界大会日本代表の座をもう今から見据えているのである。この福岡大会出場は誰に(支部長に)言われることなく、自分自身で決めたに違いない。

“世界の舞台で戦う準備を、支度を始めているのである!”

ドリームフェスティバルで表彰式の後、或る福岡支部の道場生に写真を頼まれた。勿論顔見知りである。同じ田舎町の後輩だった。彼の道場生が入賞した。小6の男の子が準優勝。中一の男の子が3位になった。昔、田舎(近辺)に極真の道場はなかった。だから自分は極真空手をやりたくて19歳で上京した。その田舎に弟啓治(師範)が極真の道場を作った。緑代表の弟子(師範代)となって田舎に極真空手を広めた。啓治が育てた道場生の、そのまた道場生が全国大会で入賞した。嬉しい限りである。写真を撮った時に言葉を掛けた。

“ユース合宿で会おうね。全日本大会、世界大会を目指せよ!”

今週末の福岡大会、色々な意味で目が離せない。何年か前、自分の弟子に福岡(全九州)大会出場を勧めた。あっけなく断られた(笑)。此処は世界一のエネルギーが貰える場所なのに。福岡獲ったら、間違いなく世界へ行けます。残念でしようがなかった。だからあの二人の高校生の参戦!他人事ではないのである。

“監督の目で見ます(秘)!”

やっぱりManagerでしたね(笑)。

という訳で明日から福岡に行って来ます。

道場は大丈夫です。世界チャンピオンがいますから。全日本選手に鍵を預けてますから。

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新生!桃太郎クラス

昔、総本部の内弟子になりたいなあと少しだけ考えたことがあった。理由は単純明快!一日中、空手の稽古が出来るから。道場の寮に寝泊まりし、大山総裁の直接指導を受けられるから。でも厳しくて付いて行けないかもしれないので、とりあえず通いの道場生で始めよう!と思った。総本部のある東京を希望したが叶わなかった。時が経ち、自分が支部長になった。総本部出身の大先輩の師範方に池袋時代の数々の武勇伝やエピソードを聞いて、内弟子にならなくて良かったと心底思った(秘)。

内弟子は大山総裁が作った若獅子寮で暮らし、毎日修行する直系中の直系の弟子である。奥村道場には内弟子はいない。職員もいない。しかし、桃太郎クラスは奥村師範の通いの内弟子みたいなものである。普通の道場生とは違う。ズバリ!世界大会を目指すから。ズバリ!他の道場生の模範とならなければならないから。たとえ少年部であろうが、選手クラスで特別稽古(指導)を受ける。だから水曜日の師範は厳しい?

この夏、ドリームフェスティバルで桃太郎達が大活躍した。その桃太郎の母達も同じ夢の舞台に立った。しかし、いつまでも勝利の余韻に酔いしれている暇などない。もう新たな戦いが始まっているから。先日、ドリームに出場した選手達に色紙にひと言づつ揮毫して貰った。“勝利の喜び!夢の舞台に立てた、その喜びと感謝の気持ち!負けたくやしさを次に生かす!”大体こんな感じ。自分はあの2日間が終わり、こう思った。

“桃太郎クラスを創って本当に良かった!”

アスタナで世界一になった陽孝に続き、桃太郎達も表彰台に立った。今年ほど桃太郎クラスを意識したことはなかった。それは彼らの成長、活躍だけが理由ではない。その母達が同じ舞台に立つ姿や一緒に表彰台に立つ姿を見た時にそう思ったのである。将斗が少年部を卒業する時、正直ドリームで勝てる選手は当分出てこないだろうなと思った。しかし、お手上げで諦めている訳にはいかない。将斗のような強い選手を育てればいいだけのことである。そのために、桃太郎クラスを創ったのではないか。最初から強い子などいない。最初から強かったら、空手などする必要がない。勝利に偶然はない。奇跡もない。勝利には必ず因果の法則がある。

お盆休みも今日で終わり。明日、休み明けの最初の稽古が偶然にも桃太郎クラスの日である。ドリームが終わって、まだ一度も全員が揃っていない。明日、メンバー全員揃うだろうか?明日からまたひとり桃太郎が加わる。来年のドリームで頑張るのはお母さんだけではありませんよ。桃太郎のお父さん達も負けずに飛び跳ねますよ!

 

桃太郎クラスに入れる条件は唯一つ!道場訓が暗唱できることである。道場訓には桃太郎になる方法が書いてあるから。道場訓には世界大会に出る方法が書いてあるから。

『仲間のために喧嘩が出来る人。仲間のために一緒に泣ける人。愛のある人。』を桃太郎クラスで育てたい。

今日も初代桃太郎から電話があった。35年前の桃太郎の益々の活躍と、明日から始まる新生!桃太郎クラスの発展を願い、またまた誰もいない道場で筆を執った(笑)。

“桃太郎よ 世界へ翔たけ!”

 “

内弟子になりたいと思っていた夢が今頃叶い、毎日道場(兼自宅)で暮らしている。不思議なものである。夢が叶うと反対に叶う前が懐かしい。たまには空手の“か”の字もない所で暮らしてみたいものである。

“死ぬ時は道場ではなく、畳がいいな(笑)!”