Category Archives: 師範ブログ

19244313_1693025284336838_1956119910_n

道場はパワーの源

19歳の時上京して、初めて住んだ場所が船橋市の行田だった。たった3カ月間の研修所生活だったが、この間職場の研修以外にも数えきれない位の人生経験をした。

生まれて初めて(歌舞伎町の)ディスコに行った。連休中には日光に行った。鎌倉にも行った。回転寿司や焼き肉食べ放題によく行った。元禄寿司、肉のハナマサだ。50皿食べたこともあった。研修所近くのスナックにボトルをキープした。高校を卒業して直ぐに全寮制の職場(研修所)に入り、規則規則の牢屋暮らし。1年後、花の東京へ。此処でも全寮制の生活ではあったが、親元から離れての東京生活は地獄であり天国でもあった。これら全てが初めての経験だらけだった。悲しいかな!女性だけには縁はなかったが(笑)。その中でも一番の思い出はやはり、池袋の極真会館総本部の見学だろう。

同期の仲間3人で行った。道場稽古の見学は許可されなかったが、ロビーの見学は許された。雑誌やテレビで見たことのある全日本選手が何人もいた。いわゆる内弟子の皆さんである。サングラスをしていたら外すよう注意された。

『サングラスを外しなさい!』

今度は腰に手を当てて写真を見ていたら、また注意された。

『腰に手を当てない!』 少し強い口調だった。

自分の記憶が正しければ、花柄模様(牡丹か薔薇)の入った黒のオープンシャツを着ていた。不良っぽかった。今思えば、ぶっ飛ばされなくて良かったと冷や汗ものである。注意2で良かった(笑)。

あれから30年以上が経った。縁あって空手の師範になった。縁あって、花の東京生活のスタートと同じ場所の行田で空手を教えている。船橋道場は自分にとってはただの道場でではない。船橋道場は週に1回だけである。ここだけの稽古では世界大会は無理である。全日本大会だって無理である。黒帯になるには10年でも無理かもしれない。

船橋道場1期生の子が10年経って大学生になった。地元の少年部時代の仲間がやめても彼だけはやめなかった。彼は大会に一度も出場したことがない。学校の先生になりたいそうである。嬉しい限りである。栃木から大学進学で移籍して来た黒帯がいた。卒業後、就職して千葉に残ったが退会した。1年経って道場に戻って来た。アパートと職場の往復の毎日。週に1回だけでも汗をかきたくなったと。嬉しい限りである。お父さんの転勤で北海道から移籍してきた幼稚園の白帯がいた。少年部一人だけの時もあった。最初は1時間稽古が出来なかった。お母さんの所へ行っては泣いていた。2年生になった時、地元の1年生が二人入門した。後輩ができて、すっかり先輩らしくなった。後輩二人とも空手が大好き。自分が極真時代、船橋市内にあった道場で教えたことのある人の息子さんが入門した。親子二代の縁、不思議なものである。中学生の彼は入門以来、稽古皆勤賞である。凄い。いつからか本部道場から藍野親子が稽古に来るようになった。道場が明るくなった。紫穏が間違いなく船橋道場の雰囲気を変えた。極めつけは、12年前に新潟から移籍してきた親子がいた。船橋道場で入門したが、本部道場の所属にもなった。東京から10年以上週5日か6日通って来る。親子で黒帯になった。親子でドリーム出場と入賞を果たした。息子は全日本選手にまで育った。

小さな道場だけど、その道場でひとりひとりが空手に何かを求めている。空手道が彼らの成長の糧に間違いなくなっているような気がする。小さな道場だけど毎日ドラマがある。ルネサンスとて全く同じである。黒帯を目指す訳ではない。世界大会を目指す訳ではない。空手が大好きなだけである。ルネサンスは自分にとってオアシスである。パワースポットである。

だからこそ彼らを守るためにも頂点に立つものは最強を目指さなければならない。やはり強さがあってこその空手であり、組織である。

北海道から来た少年が旅立つことになった。大成長の3年間だった。正直別れは辛い。しかし、彼には希望に満ちた新しい生活が待っている。新天地でも新極真会の道場に通うそうなので何も心配いらない。

「空手道は生きて行く上で最大の武器だから!」

“遼也、成長したね。空手続けて強い男になってお母さん助けるんだよ。外館師範と奥村師範のパワー貰ってるから何処へ行っても大丈夫!何があっても大丈夫!空手があるから大丈夫!”

今週は船橋道場とルネサンス道場で最高のパワーを貰いました。

いよいよ決戦の日まであと8日!

image1

大決戦の前の戦いに勝って!

いよいよ決戦の日まで2週間となった。

2週間後、千葉南支部から世界チャンピオンが誕生する。

来週は昇級審査会なので、昼からの合同クラスで陽孝の壮行会を行った。同じ道場に日本代表選手がいることを誇りに思って欲しい。そして、先輩に続いて世界の夢を掴んで欲しい。道場は大会の選手を育てることだけが目的ではない。チャンピオン養成所だけになっても駄目である。空手道を学ぶ目的は色々あるから。しかし、大会がある以上は大きな目標を持って稽古に臨んで欲しい。目標があってこそ厳しい稽古にも耐えられるものである。成長もある。是非、先輩達に続いて全日本や世界大会を目指して欲しいと思う。

陽孝の壮行会を行った同じ日、川崎で大会が行われている。小さな大会だけど、実はこれが大きな意義のある大会なのである。陽孝を始め全日本の選手と毎日稽古している高校1年生になった翔太が出場する。翔太は道場内で稽古日数一番である。びっくりするほど強くなった。こんな寡黙で無心に稽古する道場生をあまり見たことがない。いつの日か全日本大会にも出場させたいと内心思っている。思っているからこそ日曜日の朝練を許可した。翔太は先輩達の応援のため大阪にひとりで行った。だからこそ敢えて厳しい言葉を掛ければ・・・

今日の川崎で優勝出来ないようではまだまだである。もうそろそろ先輩と互角に渡り合えるようでなければ。いや来年くらいにはもう勝てるようにならないと。全日本に出場しても1回戦で終わってしまう。

“道場の先輩に勝てずして全日本では通用しない。”

出場する選手ではなくて、勝てる選手になって欲しい。その上の世界を目指して欲しいのである。同じく紫穏にも言った。川崎で勝てないようではドリームで通用しないよ!と。小さな大会だけど実は世界の道に繋がっているのである。春から桃太郎クラスに入った元輝も初挑戦である。小さいけれど大きな世界への一歩を踏み出した。

“今戦っている小さな大会こそ!世界への道なのである。”

木曜日は船橋道場の日。幼稚園の時、北海道から白帯で移籍してきた遼也がお父さんの転勤で引っ越すことになった。今度の木曜日が最後の稽古となる。千葉に来た時は稽古中お母さんの所に行って満足に1時間稽古出来なかった。小学校3年生になって後輩も出来て、逞しく成長した。正直別れは寂しいが、こういう成長した少年部の姿を見る時清々しい気分になる。

“空手道は決して大会のためだけではない。”

週一回のルネサンス。スポーツクラブで黒帯は取れない。世界大会も無理である。しかし、空手の好きな少年少女がたくさんいる。空手道に何かを求めてやって来る。ひと言もしゃべらない子が少しづつ反応するようになった。返事も大きく出来るようになった。大きな返事が出来ただけで、お母さんはそばで泣いている。型が少しだけ出来るようになっただけで、お母さんは泣いている。今まで一度も笑ったことがない子が笑うようになった。野球でもサッカーでもなく、母は空手道を選んだ。母は息子に空手を学ばせて強くなって欲しいのである。「先生や皆さんに迷惑かけますから、もうやめさせます。」と言ってくるお母さんにいつも自分はこう言う。「本人がやめたいと言ってるんですか?そうじゃないでしょ。お母さんが負けたら駄目ですよ。一緒に頑張りましょう。」

“戦いは大会の舞台だけではない。そして可愛い我が子のために母も戦っている。”

後輩達が先輩に続けと小さな大会で戦っている。直前の別れもある。辛い。しかし、新たな旅立ち、新天地でも更に大成長して欲しい。ルネサンスから初めて飛び出し、本部道場の景色はどう見えるのだろうか?黒帯よりも眩しいオレンジ帯っだってある。級位が上がるためだけの試験ではない。昇級審査会は戦いなのである。

大決戦の前の全ての戦いに勝つ。これら全てをパワーに変えて大決戦に臨みたい。

そして色々な場で戦っている道場生(家族)のためにも、その頂点の戦いに勝ちたい。

“大決戦の前に魔が襲ってきた。これにも勝たねば(笑)。”

決戦の日まであと13日!

10523338_709897785743915_7431532073144934071_n

新極真会特攻隊!

塚本(支部長)から電話が来た。

『アスタナは今日31℃だったそうです。短パンも持って行きましょう。』

『また二人のTシャツ作りました。今回は赤にしました。』

カザフスタンで開催される世界選手権まで二週間となった。現地は日本以上に暑いからユニフォームの短パンを持って行った方がいいですよと。そして現地で滞在中に着るお揃いのTシャツを作ったとの連絡だったのである。。

2年前ロシアで開催されたKWU世界W制大会に新極真会が初めて参戦した。翔希が国際大会の日本代表に初めて選ばれ準優勝した。第11回世界大会の丁度1カ月前だったので準備から何から、全ての面で慌ただしかったことを今でもはっきりと覚えている。代表選手は7名で監督コーチは自分と塚本の二人だけだった。そのKWU世界大会の時にも出発直前に塚本から電話が来た。

『ハバロフスクは寒いですからジャンバーを持って行きましょう。』

そして、現地でホテルに着いた時に塚本から1枚の白のTシャツを貰った。

『監督、二人のTシャツを作って来ました。良かったら来て下さい。』

胸に新極真会のロゴがあり、背中には大きく“新極真特攻隊 HEAD COACH”と書かれてあった。

勿論、選手団のユニフォームはある。選手達にも新極真会主催の世界大会ではなかったが、日本の世界大会と同じようにユニフォームを作った。道着にもALL JAPANのワッペンを付けさせた。ユニフォームというのはそれだけ大切な物なのである。日本代表の象徴でもある。選手7人で監督とコーチが自分と塚本二人だけ。そういう厳しい状況の中、ましてや初めて参戦する他組織の世界大会。A WAYで厳しい戦いになろう。塚本の意気込みが頼もしかった。自分と二人だけのお揃いのTシャツを作ってくれていたことが何より嬉しかった。大会会場では日本代表ユニフォームを着たが、ホテルで二人でいる時はいつもこのTシャツを着て過ごした。道着もユニフォームも武士の鎧である。自分や塚本達コーチ陣は大会会場で道着を着ることはない。しかし、日の丸の付いた日本代表の赤い鎧を着て選手達と共に命を懸けて戦うのである。

塚本だけではない。携帯電話の鳴らない日はない。選手達と同じように開催国と連携して事務局も最後の最後まで万端を期すため準備に余念がない。現地の気温一つで準備する物が違ってくる。言葉も習慣も何もかも違う異国の地で戦うのである。準備!とひと言で言っても、並大抵の事ではない。選手達はこの事を肝に銘じて決して忘れてはならない。この恩に報いるためにも何としてで勝って欲しい。いや勝つ為に日本選手団はこれまで強化合宿をはじめとしてやって来た。

二週間後の土曜日、大会初日が終わっている頃である。日本代表選手が全員勝ち残っている訳がない。そんな甘い勝負の世界でない。譬え何人負けようが、最後の最後一人になるまで全員で選手団が一丸となって頂点を目指す。

赤い鎧を身に纏いコーチ陣と共に、まさにHEAD COACHとなって先頭になって戦う。

必ず全階級制覇を果たす。

決戦の日まであと14日!