Category Archives: 師範ブログ

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極真の道

『極真の意味・・・この極真の名を、私のカラテの名称としたのは、昭和三十一年頃のことだった。当時、私は、目白の庭先の道場から西池袋の元バレエ練習所を道場として借りていたが、屋根つきの道場ができたことで、門弟の数も三百人を数えるようになった。それまで私は、「日本空手道大山道場」の看板を掲げていたが、門弟たちが独自の名前がほしいといいはじめていた。・・・

「武の道においては千日をもって初心となし 、万日の稽古をもって極とす」

・・・武道は、人間の精神のためにある、ということを痛感したのも、この時期である。だから、この「万日の稽古をもって極とす」という言葉が、ひしひしとわかった。・・・心を極めるとは、すなわち真実を極める、真実の道を極めるということである。武道を通じて真実を極めることを決意した集団とすれば、自分の念願に適うと思った。これには門弟たちも全員が賛成だった。・・・』

(著書:大山倍達 極真の精神 今後の武道はどうあるべきか)

コロナ禍で組織行事が軒並み中止となり、空手ライフ3・4月号は創刊以来初めて休刊となった。そして5・6月号はコロナ特集号として全国の支部長道場長の休館中の取り組みやインタビュー記事が掲載された。相変わらず組織行事がない中、今月号はどんな内容になるのだろうか興味津々の中で届いた。日本代表選手のトレーニング方法や世界の舞台で戦った師範方の自主トレ方法と内容満載で、あらためて空手ライフは“宝の本!”だと痛感した次第である。その中でも一番興味深く読み心に残ったのが、新しく始まった連載「極真の道!」だった。その記念すべき第1回目の小林副代表の内弟子時代の話に大いに感動した。若獅子寮の寮長を務めたこと。大山総裁と一緒に(極真会の)十八の型を作ったこと。小林副代表の極真時代の数々のエピソードは強化合宿で同じ部屋になったり、海外遠征の道中でいつも聞いてたので記事の大体の内容は知っていた。ただ大山総裁に内弟子志願の手紙を出していた事は初めて知った。極真空手への熱い思いとその行動力に尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

新極真会が何故ここまで発展したか?

ひと言で言えば、それは組織の長、リーダーが、緑代表だったからである。新極真会が何故世界一の組織になったか?それは、小井事務局長を中心に世界一の事務局があったからである。そして、組織に理念があったからである。もっと言えば、緑代表を支えるふたりの副代表が、小林副代表と三好副代表だったからである。新極真会には、大山総裁の直弟子として極真会館総本部で修業された師範方が何人もおられる。この事実こそが、組織の一番の強みである。大山総裁の直弟子の師範方は全員が大山総裁に憧れ、地上最強のカラテである極真空手に憧れて地方から上京した。緑代表も塚本(支部長)も上京組である。緑代表は極真空手のために東京の高校に入学した。次の号は多分三好副代表の特集になると思うが、三好副代表は高校の修学旅行に行かないで、そのお金で第1回世界大会を観るために上京した。その4年後の第2回世界大会で日本代表選手として戦っている。この偉業は凄過ぎて言葉にならない。極真空手は地上最強の空手と謳われた。それはイコール、その当時の総本部道場を支えた師範方が空手界で最強だったということに他ならない。

師範方には全員それぞれの“極真の道!”があったのである。

小林副代表の記事を読みながら自分自身の極真の道を振り返っていた。小林副代表のように内弟子志願の手紙こそ書かなかったが、入門前から大山総裁に年賀状や書中見舞いを出したりしていた。大山総裁が直接返事を書く訳がないが、総本部から返信があった時は飛んで喜んだものである。熊本研修所時代にこんな事がった。第1回全日本チャンピオンの山崎照朝師範が著書「無心の心」を出した時、感動して手紙を書いたことがあった。いつの日か自分も極真空手をやりたいと、そんな思いを心込めて綴った。な、な、何と!返事が来た(驚)。

“奥村君は熱烈なファンですね。極真の門をたたいて是非夢を叶えて下さい。”

みたいな返事が来た。絶対に入門しようと思ったものである。今でもその返事のハガキは生涯の宝物として大事に取ってある。有名な師範が本を出せば、同じように感想の手紙を書いた。返事が来た。 今思えば、自分は手紙魔だった(笑)!熊本時代も上京してからも憧れの彼女に手紙を出して・・・返事など来た試しがない(悲内緒)。あの時、憧れの彼女から返事が来て極真総本部や師範方から返事がなかったら、多分今の自分は居ない。手紙の返事ひとつで人生が変わったのである(笑)。

今は日本全国に極真空手の道場がある。近所の体育館や公民館でも道場がある時代になった。昔は地元になかった。大山総裁ご存命中の極真空手全盛時、皆上京した。今の道場生は直ぐに入門出来る。はっきり言えば、スタートから違った。でもこれだけは言える。総本部に行ってどれだけの人が志半ばで去って行ったか。黒帯?全日本選手?厳しさや競争は今の比ではない。芸能界と同じである。入門して約四十年、支部長になって約二十年、空手道の(続ける)厳しさをずっと見て来た。千葉で生涯空手道を貫いた人をまだ見たことがない。

小林副代表の極真の道を読んで感じたこと、それは・・・大山総裁は勿論であるが、小林副代表をはじめ極真総本部で大山総裁の薫陶を受けた師範方の存在あってこその新極真会であると。その新極真会でさえも誕生の歴史があり、緑代表をはじめとする多くの師範方の存在なしに発展はなかった。その歩み・歴史を知らずして更なる発展はない。現在は歴史の上に立っているから!世界の舞台で活躍した師範方や日本代表選手達のトレーニング方法が技・体とするならば、今月号からの特集「極真の道」はまさに心の部分ではなかろうか。我が組織の機関紙「空手ライフ」は心・技・体を備えたまさに宝の本である。

大山総裁の言葉(教え)が蘇る。

『極真カラテは、地上最強の武道であり格闘技であると、私は自負している。しかし、強さだけで「精神」的裏づけのない武道では、永久に生き残っていくことはできない。』(著書:極真カラテ 21世紀への道 出てこい、サムライ)

新極真会の財産、それは言うまでもなく道場生達である。と同時に、自分が特に思うのは、大山総裁直系の弟子である高弟の師範方が今おられることである。その師範方だけが知っている大山総裁の数々のエピソ-ドや総本部修業時代の話が聞ける機会を得て幸せである。

或る高弟の師範に聞いたことがある。

“奥村、昔は(黒帯以外は)白帯と緑帯しかなかったから。”

前回のコロナ特集号の時にある道場生に尋ねた。

空手ライフ読んだか?って。読みました。っていうから。突っ込んで訊いたら、師範の記事(だけ)は読みましたって(笑)。だからこう言った。三好副代表の(記事)読んだら泣けるぞって。塚本の読んでみろ。サムライだぞって。

空手ライフを宝の本にするかしないかは、自分自身である。まあ読んでも響くか響かないかはまた別の問題である。自身がどんな思いで組織にいるか、どんな思いで稽古をしているかによる。出会いと同じで、生かすかどうか全て自分次第である。

道場生達には、空手ライフを購読して心・技・体を学んで欲しいものである。

機関紙名がまだ「極真魂」という名前の時代に、型の分解や礼の仕方など道場での所作振る舞いの特集があった。その中で道場訓の解説が載ったことがあった。その時に事務局の榎本次長か誰かに内緒で尋ねたことがあった。この道場訓の解説をした師範はどなたですか?と。

「小林副代表です。」

道場訓の解説など組織の中でも出来る人はそうそういない。大山総裁の下で厳しい修業をされ、内弟子の寮長まで勤められた方だからこそ為せることである。小林副代表とはそういう凄い方なのである。

ここをクリック!☞道場訓解説

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黒帯必須!

大山総裁は仰せである。

『・・・武道に大切なのは、心身のリズムであり、生活のリズムである。すなわち、節度を保つことである。節度とは、宇宙や大気のリズムに歩調を合わせることである。太陽(神)が東から昇れば、これに感謝し希望の朝を迎える。神前に向かい、亡きご先祖様に両手を合わせお辞儀をする。顔を洗い、一日の計画を立てる。朝食をとり、正午まで仕事をする。昼食をし、また夕刻まで仕事をする。太陽が沈む。太陽が沈むときに、われわれは反省の時を持たなければならない。親に孝行の気持ちを持ったか。友に対し「信」であったか。国に対して「忠」の心はあったか。こういったことを一つひとつ、静かに目を閉じて、自分自身に問いかけてみる。そして、夕食をし、静かに眠りにつく。この生活のリズムを崩すことがなければ、人は「人の道」を踏みはずすことはない。そこで、私が長年の修業によって得た、「座右銘十一カ条」を次に紹介しておこう。

一.武の道は礼にはじまり礼におわる。よって常に礼を正しくすべし。

一.武の道の探究は・・・』

大山総裁の著書「極真カラテ 21世紀への道 出てこい、サムライ!」の中の一節である。

大山総裁の著書は全部好きである。が、その数ある著書の中でもこの本は1番か2番に好きだった。好きというより感銘を受けた。一番影響を受けた著書である。いや2番かな?1番は「昭和五輪書 地の巻」かな。21世紀への道には、吉川英治先生との出会いや道場訓誕生秘話なども載っている宝の著書である。いつ頃買ったのか記憶がない。初版が1992年だから、多分30歳の頃だろう。世界大会に出て現役はもう引退していた頃である。著書に第5回世界大会で優勝した緑代表のことも載っている。どれだけ凄いことか。

サラリーマンをやめて支部長となって道場を開いた時、極真空手そのものの技や強さを伝えることは勿論だが、それと同じ位に大山総裁の教え(言葉)を道場生達に伝えたいと思った。そのひとつが大山総裁の座右銘(今は十二カ条ある)だった。特に黒帯には大山総裁の教えを知って欲しかった。極真精神を知らずして、極真空手の帯を締めることが出来ようか!組織の理念を知らずして、組織名の入った黒帯を締めることが出来ようか!空手の三原則や型の三要素を知らずして、空手を、型を指導出来ようか!自分はそう思う。大山総裁の教えを知って、昇段の後に尚一層の精進をして貰いたいとの切なる思いからであった。教えを書いた資料(黒帯必須)を渡す。筆記試験をする訳ではない。審査前は一生懸命覚える。黒帯取ってしばらくすると忘れる。その場限りの暗記だから身になっていない。黒帯に時々質問する。答えられない。いつの頃からか昇段審査の前に資料を渡すのをやめた。会費を払って習う趣味の空手だから無理強いしてはいけないと思った(笑)。

奥村師範は理屈っぽいと思っている人がいるかもしれない。そうかもしれない。でも現役の頃は理屈より一番稽古をした自負がある。全日本にも出た世界大会にも出た。自分より稽古したり実績を出した人が言うのなら仕方ないとは思っているが。大山総裁の著書を読みだしたのは入門前からである。入門前に、道場訓が言えた。やっぱり理屈っぽかった(笑)。コロナ禍で休館中、何冊かの著書を読み返した。一番好きなあの2冊の本も。今回読み返して気付いた事もあった。58歳になったからこそ気付いた事もあった。空手が出来ない試練の時だったからこそ、心に響いた教えがあった。教えとはそういうものなのかもしれない。平常時にはピンとこないけれど、苦難試練の時だからこそ教えが響くのである。簡単に言えば役に立つのかもしれない。ピンチ(の時)にピンと来ないのは、身になってない(笑)。大山総裁も仰せである。長年の修業で得た、座右銘であると。世にある格言やことわざも同じである。

武道に大切なのは、心身のリズムであり、生活のリズムである。すなわち、節度を保つことである。

世界の舞台を目指し青春の全てを懸けて稽古に励んでいた頃、仕事をしながらではあったが毎日が一番充実していた。大山総裁の言われるように生活にリズムがあった。稽古で身体は疲れているはずなのに仕事も頑張れた。空手が充実していたから仕事も充実していた。いや本業の仕事が充実していたからこそ空手が充実していた。空手も仕事も両方頑張ろうと思った。寮と会社と道場。リズムがあった。三つとも充実していた。結婚していたら家庭である。家庭と職場と道場。仕事をしながら、家庭を守りながら、生涯の空手道を続けて貰いたい。

大山総裁は昭和の宮本武蔵を目指し、「宮本武蔵」の著者である吉川英治先生を心の師と仰いだ。宮本武蔵という人の魂に迫る作品を書くことの出来る作家に会いたいと思い、訪問を決意したそうである。吉川英治先生との出会いが極真会館道場訓を生んだ。初めての訪問の時、吉川先生から二枚の色紙を頂いたそうである。

「我以外皆師」「生涯一書生」

重みのある言葉である。色紙を頂いた時のことを大山総裁はこう記している。

『・・・腕力にものを言わせて、東京の街をのし歩いていた当時の私だ。先生の色紙からは言外に「慢心するなかれ」「なお修業を怠るなかれ」の戒めを感じ、ハッとさせられるものがあった。・・・』

教え(言葉)とは、その後どう生かすか!に他ならない。大山総裁ご存命中は、書店に行けば必ず大山総裁の著書があった。大きな書店には大山総裁のコーナーがあった。今は本屋もなくなる時代である。よほどの行動を起こさない限り、大山総裁の著書を買ったり目にすることはない。いや大山総裁の教えを学ぶ機会はないに等しい。時代と言えば時代であるが、寂しい限りである。

たった一枚の色紙がその人の人生さえ変えてしまうことがある。

コロナ禍で休館中に読み返した「21世紀への道・・・」

著書の最後、大山総裁の言葉はこう続く

『この地球は、親がくれたものではなく、子供に借りたものである。だから、私たちはこの地球を汚してはならない。子供のために、地球を大切に使わなければならない。』

『・・・極真カラテは、地上最強の武道であると、私は自負している。しかし、強さだけで「精神」的裏づけのない武道では、永久に生き残っていくことはできない。極真カラテを永劫不滅の武道にするために、極真会館の門弟諸君には、極真精神を以て一人でも多くの人びとに安らぎを与え得る「きれいな地球」をつくってもらいたい。空手着を脱げば、只の人。「病める大国より健全なる小国を」「未来の子供たちのために汚れなき地球を」これが裸一貫で通してきた私大山倍達の、一二〇〇万人の門弟に贈る言葉である。』

悲しいかな。この数年後に大山総裁はこの世を去られた。だから大山総裁のこの言葉は、まさしく極真空手を21世紀に託された門弟達への遺言だったのである。

第5回世界チャンピオン緑健児代表は間違いなく大山総裁に後を託された。

何度かは読んでいる大山総裁の著書の言葉が、今回は別の意味ではっきりと心に響いた。大山総裁の声がはっきりと聞こえた(涙)。

“奥村、頼むよ~!”

自分のやり方で命ある限り大山総裁の教えを伝えて行こうと心に誓った。たったひとりにしか響かなくても。結果的に、たとえ誰にも響くことがなかったとしても自分の為すべき事をやろうと思った。今響かなくても数年後、数十年後に響くこともあるから。他人(ひと)ではない、自分だから。

千葉 新極真会の礎は自分が築いた。

目の黒い内に総仕上げをせねば

伝統継承!

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隠れ別荘地で避暑?

とうとう車のラジオが壊れた。車は修理しながら、車検をパスしながら10万㎞以上乗っている。10年乗ったからカーラジオが壊れてもおかしくない。しかし、カーラジオは自分にとっては命である。パソコンのユーチューブでもニュースや情報は得られるが、速報はやはりラジオが一番である。去年の台風情報も緊急事態宣言もカーラジオで聞いた。

何年か前の猛暑の夏、事務仕事をしている時だった。冷房が全然効かない。リモコンの電池が切れたかなあと思った。電化製品に詳しい道場生に見て貰った。本体もリモコンも異常がない。ちょっと外(室外機)見て来ます。

「師範、(クーラーの)室外機がないですよ。」

「なに~!(驚)」

頭が真っ白になった(悲)。クーラーの室外機を盗まれた(笑)。

道場生がテレビをくれた。電源入れていくら操作しても全然映らない。またまた電化製品に詳しい道場生に見て貰った。

「師範、(テレビの)配線来てないですよ。」

「なに~!(驚)」

頭が真っ白になった(悲)。地デジに移行した時、1階事務所の配線工事を忘れてた(笑)。

♬あ~テレビもねえ ラジオもねえ おらの事務所はクーラーもねえ♪

夏になったら草ぼうぼう 刈っても刈っても生えてくる

♬おら こんな事務所嫌だあ!もう草刈りも嫌だあ! 避暑地さ出るだあ~♪

避暑地さ行ったら 銭こさ貯めて 草食べてくれる山羊買うだあ♪

(山羊が草を食べるかどうかは、山羊自身の問題だよ)

という訳で・・・今日は都会の雑踏から離れて、加曽利村にある隠れ別荘に避暑に行きました(秘)。

ヤマダ電機で買ったCDラジカセで音楽聞きながらひとりバーベキューをして過ごしました。

加曽利別荘ミ・ラマーレに変なおじさんが現れたとのニュースがラジオから流れていました(笑)。

来週土曜日の少年部稽古は野外稽古「ヨーヨーすくい大会!」やろうかと思ってます。

やっぱり黒が好きみたいです(笑)!